HIPHOPうんちくん

おもに米HIPHOPの新譜やアーティストのうんちくなどについてつらつらと執筆するブログです。

#BlackRiverMobb 2018 BEST100

年に一度しか更新しない、Cocaine Bluntsのアレみたいになってしまいましたが、今年も夫と二人でベスト・ヒップホップ楽曲BEST100をSpotifyのプレイリストにまとめましたので、もしよければ時間つぶしのお供にどうぞ。

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ウチの夫婦仲は良好です!

今年も素晴らしい出会いに恵まれ、来る日も来る日もドープなヒップホップ・チューンに胸が高鳴りっぱなしの一年でした。

来年もハスリンして参りましょう!

 

そうそう、100曲それぞれのコメントは割愛することにしました…

(お正月、超ヒマだったら書き足します…)

 

 

 

 

良いお年を!

#BlackRiverMobb 2017 BEST100

さて、そろそろ2017年も終わりということで、私とスタイリストの黒川慎太郎の二人で組んでいる詳細不明なユニット、#BlackRiverMobb で2017年のベスト・ソング計100曲を選んでみました!BRM的には今年も家内マザファキ安全な一年となり何よりでした。

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プレイリスト、最初は去年にならって75曲にしようかと思ってたんですけど、どんどん増えてしまって、じゃあ100曲にするか…と。これでも泣く泣く削った曲がいくつかあります…。うっ。

 去年はApple Music、そして今年はSpotifyで作成しました。統一感なくてすみません!

今年も、各曲に超適当な一言コメントをつけています。

(※アーティストの英字表記・カナ表記はSpotifyの表記のママ)

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1. Mask Off – フューチャー
チェイサチェック!ネバチェイサビッチ!

2. Gucci Gang – Lil Pump
グチギャングチギャン!

3. Bodak Yellow – Cardi B
カーディーちゃん、おめでと~🎉

4. Magnolia – Playboi Carti
Milly Rockが再注目されるとは!

5. Pull Up N Wreck (With Metro Boomin) – ビッグ・ショーン, Metro Boomin, 21 Savage
コラボ作。メトォブーミンウォンサムモォ~💣

6. Pull Up Wit Ah Stick (feat. Loso Loaded) – SahBabii, Loso Loaded
アトランタのラジオ、マジでコレばっか掛かってたから~!

7. Riker$ – Trinidad James, Brother Joe
このフック、すげーハードじゃね?でも、全然話題にならなかった疑惑…。

8. New Freezer (feat. Kendrick Lamar) – Rich The Kid, ケンドリック・ラマー
リッチはやっとスマッシュ・ヒットだせてよかた!

9. Bartier Cardi (feat. 21 Savage) – Cardi B, 21 Savage
オフセットにXXXXを押し付けるなど。

10. Plain Jane – A$AP Ferg
派手~!リミクスもよき。

11. rockstar – ポスト・マローン, 21 Savage
血だらけ🔪。

12. Pick It Up (feat. A$AP Rocky) – Famous Dex, エイサップ・ロッキー
このトラック、すげーハードじゃね?でも、全然話題にならなかった疑惑…。

13. MotorSport – ミーゴズ, ニッキー・ミナージュ, Cardi B
カーディのガソリーナ使いに痺れる!

14. Bum Bum Tam Tam – MC Fioti, フューチャー, J.バルヴィン, Stefflon Don, Juan Magán
たんたんたん♪コレ系のビートにフューチャーが乗っかってくるとは~!

15. Poppin' Tags – フューチャー
買いまくり~。マジ調子いい。

16. Major Bag Alert – DJキャレド, ミーゴズ
買いまくり~。お前ら、バッグには気をつけろよ!

17. Check Callin (feat. YoungBoy Never Broke Again) – Plies, YoungBoy Never Broke Again
プライズも地味に活躍して最高だった!YBNBAもよかった!

18. Bad and Boujee (feat. Lil Uzi Vert) – ミーゴズ, リル・ウージー・ヴァート
マジ卍🔥

19. T-Shirt – ミーゴズ
マジ卍🔥MVさいこ~。

20. HUMBLE. – ケンドリック・ラマー
これも言うことないじゃろ。

21. Rake It Up – Yo Gotti, ニッキー・ミナージュ
掻き集めて~!ニキちゃんの振り切れたヴァースがいい!でもベニー・ブームのMVはやや残念な仕上がりじゃったわ…。

22. Everyday We Lit (feat. PnB Rock) – YFN Lucci, PnB Rock
ルッチも一年お疲れ様でした!この曲、田舎のヤンキー臭すごくて最高。

23. It's A Vibe – 2 Chainz, タイ・ダラー・サイン, トレイ・ソングズ, Jhene Aiko
ジャネイ・アイコのヴァースもめちゃキュート。

24. Trap Check – 2 Chainz
罠。冒頭にジーズィー、最後にT.Iをサンプッてるところがガチ卍🔥

25. Money Make Ya Handsome – グッチ・メイン
フックいい~。何があっても金が解決してくれるんだなと。結婚おめでとう💐

26. Lil Story (feat. ScHoolboy Q) – グッチ・メイン, ScHoolboy Q
ほ~ら、ギャングスタ対決だ🏁!!

27, You Should Know – Rapsody, Busta Rhymes
グッディ・モブ「Cell Therapy」使い+ダ・チーチーチー=最高💎💅

28. Glow – ドレイク, カニエ・ウェスト
このカニエのヴァース、まじ泣けるからみんな泣いて!!

29. Passionfruit – ドレイク
oisiso🍍

30. Wild Thoughts – DJキャレド, リアーナ, ブライソン・ティラー
ネキネキネイキ~ッ💃🎸

31. La Formula (feat. Chris Jeday) – De La Ghetto, ダディー・ヤンキー, Ozuna, Chris Jeday
デ・ラ・ゲットーって名前が最高じゃん?

32. Krippy Kush - Remix – Farruko, ニッキー・ミナージュ, バッド・バニー, 21 Savage, Rvssian
来年はラテン・トラップくるね~🐵

33. Dope Bitch – Kamaiyah
ラプソディよりカマイヤ(黒川談)

34. Side Effects – タイ・ダラー・サイン
MVが切ない。

35. So Am I (feat. Damian Marley & Skrillex) – タイ・ダラー・サイン, Damian Marley, スクリレックス
常夏~🌴

36. Pills & Automobiles – クリス・ブラウン, Yo Gotti, A Boogie Wit da Hoodie, Kodak Black
CB、アルバムよかったよね!まじ器用だわ。

37. Me For Me – Kodak Black
演歌系。

38. Bank Account – 21 Savage
来年はアンバーと結婚ワンチャンあるべ?

39. Sauce It Up – リル・ウージー・ヴァート
元気ね~。これがいっちゃんウジバっぽい。

40. Havana – カミラ・カベロ, ヤング・サグ
ダディ・ヤンキーのリミックスもよかた!来年もっとブレイク?

41. Hurtin' Me – Stefflon Don, フレンチ・モンタナ
ステフロン・ドン、もっとアメリカで売れるポテンシャルはあると思うの~!

42. Unforgettable – フレンチ・モンタナ, スワエ・リー
忘れちゃダメ!アフリカイズム溢れる各パフォーマンスもよかったね!

43. ROCKABYE BABY (feat. ScHoolboy Q) – Joey Bada$$, ScHoolboy Q
ロッカバイロッカバイ🐎

44. Rambo – Ski Mask The Slump God
らんぼ🚗🚗🚗🚗🚗🚗🚗🚗

45. Catch Me Outside – Ski Mask The Slump God
まさかのミッシー・エリオット使いでたまげた🐤

46. Dat Side – CyHi The Prynce, カニエ・ウェスト
サイハイちゃんのアルバムも良かった!カニちゃんも参加してて泣いた!

47. The Race – Tay-K
こういう若い子らって、ほんまにどうなって行くんじゃろね?

48. Peek A Boo – リル・ヨッティ, ミーゴズ
いないいないばあ…?

49. KOODA – 6ix9ine
"Back Dat Azz Up" フロウだべ😏?

50. Breakfast (feat. A$AP Rocky) – Jaden Smith, エイサップ・ロッキー
ジェイデンのアルバムも最高だった💎💎💎

51. Hula Hoop – ダディー・ヤンキー
ほんとフザけてるけどクセに成る。

52. Daddy Yo – WizKid
アフリカン・ビート最新版🔥

53. Once Upon a Time – The Diplomats
ウェルカムバック!!!リユニオンのティーザー観て泣いたべ?バンダナのくだり。

54. Love Scars – Trippie Redd
🐔ッピ~。

55. Woah Woah Woah/Crashbandicoot And Chill – Trippie Redd, Bali Baby
バリ・ベイビー!ゾンビッチ!テッテレ~!

56. Real Hitta (feat. Kodak Black) – Plies, Kodak Black
プライズって地元後輩からのプロップスあるよね~!

57. No Smoke – YoungBoy Never Broke Again
YBNBAも若きギャングスタ魂感じる若手って感じるするっす!

58. What's the Deal – Young Dolph
お前のことなんんてマジどうでもいいんだよ💢ってフックがマジかっこいい。

59. Water (feat. Fronstreet) – Joe Gifted, Fronstreet
アトランタのストリップ・クラブですげー盛り上がってて、すぐShazamした曲なんよ。

60. Drowning (feat. Kodak Black) – A Boogie Wit da Hoodie, Kodak Black
ブギーちゃんも活躍した一年でしたね、お疲れ様でした!この問題児コンビ、いいよね✨

61. Codeine Dreaming (feat. Lil Wayne) – Kodak Black, リル・ウェイン
コダブラとウィージーの組み合わせ、最高やー。

62. Crew – GoldLink, Brent Faiyaz, Shy Glizzy
このブレント・ファイヤズのアルバムもナイスだった!

63. Sway (feat. Quavo & Lil Yachty) – NexXthursday, クエヴォ, リル・ヨッティ
ネックスサーズデーのEPもよかったので、来年以降も活躍してほしい。でもこういうソングライター系シンガーってなかなか続かない印象なんだよな~。

64. Miss Georgia Fornia (feat. Joi) – Big K.R.I.T., Joi
ここでジョイを引っ張ってくるあたり、マジでやる気感じる~!
(ジョイはビッグ・ギップの元奥さんで、ルーシー・パールの初期ヴォーカル。今はディアンジェロのバックシンガーなどやっているよ~!)

65. 1999 (feat. Lloyd) – Big K.R.I.T., Lloyd
これも"Back Dat Azz Up" フロウだべ~😏!?

66. All Night – Big Boi
CMで同じみの🐷🐔🐵🐼

67. LOYALTY. FEAT. RIHANNA. – ケンドリック・ラマー, リアーナ
この二人のコラボ、予想以上に最高だということが証明されました。

68. Mayores – Becky G, バッド・バニー
バッドバニー🐰下半期コラボどれもいい!

69. Ain't Nothing – Juicy J, ウィズ・カリファ, タイ・ダラー・サイン
テイラーギャング1軍勢ぞろい。

70. No Limit REMIX – Gイージー, エイサップ・ロッキー, フレンチ・モンタナ, Juicy J, Belly
オリジナルのカーディ・ヴァースも捨てがたかったね…。でもこのメンツには痺れた~!

71. Yo Pi'erre (feat. Playboi Carti) – Pi'Erre Bourne, Playboi Carti
ピエール・ボーン、結構好きだからブレイクしてほしいな〜。

72. Betrayed – Lil Xan
ニュージェネレーション〜。

73. Ice Tray – Quality Control, クエヴォ, リル・ヨッティ
ジョー・バドゥンに名指しでディス。からの、まさかの番組降板〜。

74. Ghost Ride – Skepta, エイサップ・ロッキー, A$AP Nast
septa意外と良作出してくる〜。

75. Super Trapper – フューチャー
チュイ〜ン!チュイ〜ン!

76. Rollin' Like A Stoner – Vic Mensa
i gotta problem nobody knowsってフックが好き🔥

77. Afro Trap Pt. 8 (Never) – MHD
US圏でもブレイクするかな〜?

78. Legend Has It – ラン・ザ・ジュエルズ
個人的には2017年版「Fight The Power」って感じするっす✊

79, Rubbin Off The Paint – YBN Nahmir
ナーミアー君も来年どうしてんのかね?みんな、ラップ続けてくれ!

80. Party People – Vince Staples
『Big Fish Theory』も力作でした🐠

81. She Wanna Party (feat. Millie Go Lightly) – ヤング・サグ, Millie Go Lightly
ヤンサグかわいいね〜

82. Hennebeeto – RJMrLA, ScHoolboy Q
まっじでブレないYG子分たち。

83. Is It Mine – RJMrLA, タイ・ダラー・サイン
RJ歌心あっていいんよな〜。

84. Doin Bad (feat. YoungBoy Never Broke Again) – OMB Peezy, YoungBoy Never Broke Again
E-40が契約したOMB・ピージー君も来年に期待したい!!
OMBはいつもOMSBに空目するっす。

85. Flowers and Planes (Flight TGOD) – Tuki Carter, ウィズ・カリファ, Chevy Woods
このテイラー・ギャング・アンセムもいいよね🌷✈️
今年はTGガチ勢の作品がどれも粒揃いだったね!!

86. Leakin - feat. Wiz Khalifa – AD, Sorry Jaynari, ウィズ・カリファ
こいつ見た目マジで怖い!

87. Youngest Flexer (feat. Gucci Mane) – Lil Pump, グッチ・メイン
WAKAみたいなうるさい曲もいい!

88. Fuck Love (feat. Trippie Redd) – XXXTENTACION, Trippie Redd
テンタシオン、来年もメンヘラ全開だろ〜な〜。

89. Awful Things – Lil Peep, Lil Tracy
ギター主体の構成でオリジナリティあるEP!エモい。R.I.P。

90. Roll In Peace (feat. XXXTENTACION) – Kodak Black, XXXTENTACION
今年話題をかっさらった二人のコラボ作。

91. YNS – YG, Blac Youngsta, YFN Lucci
西の若大将に呼び出された二人との元気な一曲。

92. Tu No Metes Cabra – バッド・バニー
トラックがマジやベー!この曲がきっかけでラテン・トラップをディグるようになった!

93. Get Litty – Imaní Scott
Hタウンのイマニちゃん、マジで期待してるネクスト・ディーヴァ💕

94. CRZY – Kehlani
ケラーニのアルバム、マジで底力出し切ってる感じがしてよかった!

95. The Weekend – SZA
泣く😢😢

96. Boredom – タイラー・ザ・クリエイター, Rex Orange County, Anna Of The North
今年のリキッド公演でみんなで合唱したの、マジで気持ちよかった〜🌻🐝

97. Insecure – Jazmine Sullivan, ブライソン・ティラー
今年はマジで「INSECURE」イヤーだった🌹イッサ、ありがとう🌹🌹

98. 1-800-273-8255 – Logic, アレッシア・カーラ, Khalid
力強さ。

99. Know – Syd
シドの頭の中はどうなってるんだろうね〜?この曲はアルバムの中でもっともアリーヤっぽいヴァイブスに溢れてた!

100. Lovin' (feat. A Boogie Wit da Hoodie) – PnB Rock, A Boogie Wit da Hoodie
PnBのアルバムも力作だった!彼も今後、もっと伸びてほしい!

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ちなみに去年のプレイリストはこちら。

 そして、BEST100の中にジェイ・Z『4:44』からの曲がいっさい入っていないのですが、それはジェイ・Zの曲がSpotifyには登録されていないから…。マジでやめてほしい…。今年、渋谷の交差点に『4:44』のでっかい広告が掲出されて超テンション上がったけど、よく見たら「TIDAL EXCLUSIVE」って書いてある広告だし、日本にはTIDALないのにバカじゃん、って思っちゃった。『4:44』リリース後もずっとTIDALでしかMVやらインタヴューやらが見れんかったし、何だかな〜って感じでした。

あとあと、Spotifyになかったけど好きだったのはジューシー・Jとスーサイド・ボーイズによるミクステ『Highly Intoxicated』。

と、プライズ&コダック・ブラックのフロリダ・コンビによる『F.E.M.A』など。


それではみなさま、本年もお世話になりました。2018年もドープな一年をお過ごしくださいね!

 

 

 

 

カニエ・ウエスト『The Life Of Pablo』ライナーノーツ原稿公開(後半)

前半はこちら)

ただ、今作は全方位から温かく受け入れられたわけではない。カニエにゴシップは付き物だが、今回、もっとも世間を騒がせているのが「Famous」問題だろう。

「俺とテイラー・スウィフトはセックスしてるかも。なぜってあのビッチを有名(Famous)にしてやったのはこの俺だからな」とのたまうリリックが話題となり、テイラー本人もカニエに抗議。「収録前にテイラーに電話をし、きちんと許可を得た」と話すカニエだったが、テイラー側は「そんな事実はなかった」と否定。しかしその後、キム・カーダシアンがスナップチャット上で、カニエとテイラーの通話音声をアップし、カニエの正当性を明らかにした。その音声ではカニエがテイラーに対して問題のリリックを読み上げてテイラーに「この箇所、どう思う?友達として君に事前確認したかったんだ」と問いかけている様子が。さらにテイラーは「前もって教えてくれてありがとう!感謝するわ。歌詞は好きにして」と答えている。

また、アルバム発表前後にカニエ自身がツイッター上で連続ツイートしたことも話題になっており、そこでは約60億円近い負債を抱えていることを告白したり、facebookの設立者であるマーク・ザッカーバークに向けて巨額な資金援助を求めたりと、ツイッター上での迷走も。自身の創造性を追求するあまり、周囲の理解を得られない言動が目立ったことも事実だ(カニエらしいといえば、十分にカニエらしい出来事だ)。

 さらに『TLOP』の内容に関して触れていきたい。今回、もっとも本アルバムに影響を与えたアーティストが「Ultra Light Beam」などに参加しているチャンス・ザ・ラッパーだろう。チャンスはカニエと同じシカゴ出身である若きミュージシャンだが、彼もまた、今年『Coloring Book』という見事な出来栄えのアルバムをApple Music限定で発表したばかり。こちらの作品にも『TLOP』と重なりあうような雰囲気が見え隠れし、もともとチャンスが『Coloring〜』用に温めていたアイデアをカニエとシェアする様な形で作られたのでは?と邪推してしまうほどだ。そして、本作をきっかけに大ブレイクを果たしたのが「Father Stretch My Hands Pt. 2」、「Freestyle4」にフィーチャーされている、ブルックリン出身の新鋭MC、デザイナー(Desiigner)だ。「Father〜」ではデザイナーの「Panda」というシングルの一節をそのまま使用しているが、その「Panda」 は『TLOP』以降にシングルとして正規発売され、みるみるうちにビルボードの総合チャート首位を奪取するまでのヒットに。ほぼ同時に、カニエ・ウエストが創設し、プッシャ・Tが社長を務めるレーベル、G.O.O.D MUSICとも契約を交わし、デザイナーは早くもスターラッパーの仲間入りを果たしたのだった。

他、「High Lights」で参加したヤング・サグは、アトランタの現行シーンを代表する若手ラッパー。多作家としても知られる一方、アルバム『Jeffery』のジャケットや、彼が起用されたカルヴァン・クラインのモデル写真ではユニセックスなファッションを取り入れるなど、そのチャレンジングな姿勢も、支持を集めている理由のひとつだろう。「Wolves」に参加したのはシカゴに生まれ、前述したチャンス・ザ・ラッパーと共に<SAVE MONEY CREW>の一員としても活動していたヴィック・メンサ。のちのインタヴューで「Wolves」はヴィックとカニエが初めて出会った日にレコーディングしたと語っている。同じ「Wolves」には自身のヒット「Chandelier」のほか、ビヨンセやリアーナらへの楽曲提供でも知られる引っ張りだこのシンガーソングライター、シーアが参加。なお、本曲は当初、ヴィックとシーアが参加したヴァージョンが発表されていたのものの、アルバムにはその二人のパートは除外され、代わりにフランク・オーシャンをフィーチャーしたヴァージョンが収録された。しかし、ファンの抗議も受けてか、再度、ヴィック&シーアとのオリジナル・ヴァージョンを収録、フランクのヴァースはのちに「Frank's Track」を名を改めて『TLOP』に収録された。このフランクも、今年は『blond』という傑作アルバムを発表。しかも、Apple Musicによる独占的な無料ストリーミンング形式としてリリースされて話題を呼んだことも記憶に新しい(ちなみにフランクのアルバムも直前になってそのタイトルが変更された)。「Fade」には、現在、西海岸の地から全米のストリート・ヒットを作り出すシンガー&プロデューサーのタイ・ダラー・サイン(今年はフィフス・ハーモニーとの「Work From Home」がトリプル・ミリオンを記録するヒットに)、そして、テキサス州ダラス出身で、「White Iverson」のヒットで瞬くまでにメジャー・ディールを獲得したMC、ポスト・マローンも参加。そして、追加収録された「Saint Pablo」にはUK出身のサンファが登場。インディ・シーンを中心に脚光を浴び、これまでにもSBTRKTやドレイク、ビヨンセら、FKAトゥウィグスらの作品に関わってきたサンファだが、『TLOP』以後もフランク・オーシャンやソランジュのアルバムにも携わり、その存在感は増すばかりだ。

 加えて、リアーナやケンドリック・ラマー、ザ・ウィーケンドにクリス・ブラウンといったスター・アーティストたちも『TLOP』に集結。そして「Father Stretch My Hands Pt. 1」でフックを歌っているのは、『808〜』以降、カニエに多くのイスピレーションを与えてきたキッド・カディだ。ただ、カディは2016年9月にカニエやドレイクに向けて「ヒット曲を作るのに30人体制で曲を作っているフェイクな奴ら。俺のことなんて気にしちゃいないんだろ」といった趣旨のツイートをし、炎上騒ぎに。その後、カディは鬱や自殺願望に苛まれる病にかかり、現在は治療中の身だと報じられた。ドレイクはこの発言に対して好戦的に返しており、カニエも当初、ライブの場で「お前に生を授けたのはこの俺だ!」とカディを諌めていた。しかし、その後は「カディのことを想って歌ってくれ」と、前置きして「Father〜」のフックをライヴの観客に合唱させるなど、カディを気遣う態度を取っていることも付け加えたい。

 さらに、ザ・ドリームやアウトキャストアンドレ3000、エル・デバージまでも登場して本作を盛り上げている他、ゲストといえば、このアルバムの重要なエッセンスを加えているのがカーク・フランクリンやケリー・プライスらの参加だ。もともと「次作はゴスペル・アルバム」になるとツイートしていたカニエだが、実際、彼らの歌声(と説法)を添えることで、よりゴスペル色を増すことに成功している。もう一人、「Siiiiiiiiilver Surffffeeeeer Intermission」にて獄中から電話を介した音声のみで参加したマックス・Bも、大事なゲストの一人。もともと、75年の懲役を言い渡され、現在も堀の中にいる彼だが、現在は早期釈放に向けて注力している様子。音声の録音など、本曲の制作を務めたのはマックス・Bの盟友でもあるフレンチ・モンタナだ。

 前作『Yeezus』世界の新鋭サウンド・クリエイターを集結させていたカニエだったが、サウンド面に関しては、今回はヒップホップそのもへの原点回帰とも言えるような、熟練ビート職人たちの参加も目立つ。長年カニエのツアーにも参加し、彼のサウンド・メイキングを担ってきたマイク・ディーンや、重鎮であるリック・ルービンを筆頭に、モブ・ディープのハヴォックやマッドリブらも参加。加えて、サウスサイドやメトロ・ブーミンらサウスの気鋭ビートメイカーや、バルセロナ出身のシンジン・ホーク、ノルウェー出身のカシミア・キャットらクラブ・ミュージック界の新騎手たち、ハドソン・モホークやボーイ・ワンダら、これまでのカニエ・サウンドに新たなスパイスを加え続けてきたトラックメイカーも一挙に名を連ねている。プロダクションに関して、ハヴォックが手掛けた「Famous」は90年代のヒッホップらしい太いドラムのビートが鳴り響くが、「Father Stretch My Hands Pt. 1、Pt.2」では最新のトラップ調の仕上がりであり、「Wolves」では深淵なビート感が強く印象に残る。「Fade」ではシカゴ・ハウス史にも残るユニット、フィンガーズ・ インクの「Mystery of Love」など、ハウス・クラシックをサンプリングし、大胆なサウンドスケープを体現している。

全体を通して唐突な印象を受けるトラックも少なくないし、まとまりがなくとっ散らかっている印象さえ受けるのだが、そこにカニエのエモーショナルなラップが乗り彼の衝動がそのままトラックに表されていると思うと、恐ろしいほどダイナミックなストーリー性を産み、また、非常に中毒的な魅力を演出しているとも言える。

 タイトルになった『The Life Of Pablo』の「パブロ」とは、キリスト教における使徒パウロを指す、とカニエは語る。本作の一曲目に収録された「Ultra Light Beam」は4歳の女の子、ナタリー・グリーンちゃんによる神への祈りのシャウトで幕をあけるし、「Low Lights」ではキングス・オブ・トゥモローの「So Alive」から女性ヴォーカルのアカペラを抜き出し、神への賛辞を大々的にフィーチャーしている。デビュー・アルバム『Colalge Dropout』に収録されたヒット・シングル「Jesus Walks」では「ヤツらは銃やセックスについてラップしろと言う。神のことなんか歌った暁には、俺の曲はラジオで掛からねえだろうな」と毒づいたカニエだったが、本作で語られている多くのトピックは<神>だ。

前作で「俺こそが神」だと高らかにラップしていたカニエだったが、自ら家族を築き、子供を授かったことで「神」は自分ではなく、再び<自分が崇める偶像>としてトランスフォームされたようだ。彼の私生活も踏まえて、一度<神>になったカニエが、自分の人生の転換期を経て再度、血の通った一人の迷える<人間>として完成させたのが、この『TLOP』だと筆者は捉えている。

 

 現在、カニエは本作を提げた大規模な北米ツアー中の真っ只中。ツアーでは、フローティング・ステージと呼ばれる宙吊りのステージの上にカニエが乗り、フロアではオーディエンスがひたすらカニエのラップに合わせてモッシュしながら盛り上がる、という異様な光景が繰り広げられている。筆者もシカゴ公演に出向いたが、数万人のオーディエンスが頭上のカニエを見上げながら盛り上がる様子は、さながら、なんとかしてノアの方舟に乗ろうとする動物たち、もしくは、神を崇めながらそのありがたい言葉を受け取ろうとする民衆たち、といった様子だった。

http://www.billboard.com/files/styles/article_main_image/public/media/Kanye-West-Pablo-Tour-2016-billboard-1548.jpg

 本作には、世界一ワガママで身勝手で風変わりなアーティストであるカニエ・ウエストが伝えたいことすべてが詰まっている。<家族>と<信仰心>というシンプルな二本柱がそのメッセージの核たる部分と言い切れるが、それに付随する彼のシニカルさやユーモア、絶望にも似た気持ちなど、無機質でミニマルだった前作とは打って変わった非常に人間臭い一枚だ。タイトルの変更や内容のアップデート、さらにはその言動の一挙一動まですべて含めた<アート>を感じるべく、彼の言葉とサウンドに耳を傾けてほしい。

 

2016.11 text by 渡辺志保

カニエ・ウエスト『The Life Of Pablo』ライナーノーツ原稿公開(前半)

こんにちは。突然ですが、お蔵入りになっていたカニエ・ウエスト『The Life Of Pablo』のライナーノーツの原稿を本ブログにて公開したく思います。本稿を執筆した詳しい経緯は省きますが、せっかく書いたものなので、どなたかに読んでほしいな〜と思った次第。レーベルの方による校正などもしておりませんので、記述に誤りなどあったらゴメンなさい。あと、約1万字のボリュームですのでめちゃくちゃ長いです。前後編に分けました。後半はコチラ。そして、もとのテキストの間にYoutubeなどのリンクを埋め込んだら逆に読みづらくなったような気も…。すみません。

ちなみに『TLOP』はストリーミング配信をメインの形態として発表された作品ですが、日本での再生回数のシェア率は他国と比較してダントツで低いそうです…。超微力ながら、このブログを読んで、ラッパー/アーティストとしてのカニエならびに『TLOP』に興味を持ってくれる方がいれば嬉しいです。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/en/4/4d/The_life_of_pablo_alternate.jpg

なお、『TLOP』はこちらで聴けます。

(以下、2016年11月に執筆した原稿となります)

 

 これまでに6作のオリジナル・アルバムを発表し、同時にゴシップや不可解な行動で世間を騒がせてきたカニエ・ウエスト。彼が7作目のアルバムとして発表したこの『The Life Of Pablo』は、彼のこれまでのキャリアにおいてどの作品とも似ていない、また、現時点におけるどんな音楽アルバム作品とも似ていない、奇妙奇天烈な音楽作品だ。複雑だけれどもシンプルで、幾つもの面によって彩られた万華鏡のようでもあり、かと思えば高い壁に阻まれた巨大迷路のようでもある。何とも稀有なアルバム作品である。

 まずは、本作のリリースに至るまでを溯ろう。2004年に発売されたデビュー作『The Collage Dropout』に始まり、『Late Registration』(2005)、『Graduation』(2007)の三作は<大学三部作>とも呼ばれ、彼の生い立ちやゴシップ的な話題に盛大な皮肉を込め、時には自虐ネタも大いに盛り込んでラップした内容も目立つ。初期の<早回しサンプリング・サウンド>や、マルーン5アダム・レヴィーンとのコラボ、ダフト・パンクの引用など、ヒップホップ・サウンドに新たなスパイスを加えたカニエの作風やアーティストとしてのアイデンティティは、この三作においてその大部分が形成された。

その後、カニエというアーティスト性にさらに変化が生じたのが、『808s & Heartbreak』(2008)だ。婚約者との破局、そして母親との死別という二人の女性という二人の女性との別離によって感情を突き動かされて完成されたこのアルバムは、全編にオートチューンを多用し、悲壮感や喪失感、孤独感に溢れたアルバムとなった。

それとは反対に、続く『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』は、『808s〜』で心情的にどん底まで沈んだ経験をバネにするかのような豪奢な作品だ。リード曲「Runaway」のショートフィルムや、ジョージ・コンドのドローイングをフィーチャーした赤いジャケットにも象徴的なように、自身のアルバムをより<アートフォーム>として昇華させた一枚でもある。

その翌年、カニエはジェイZとのコラボ・アルバム『Watch The Throne』をドロップ。

高級ブランド、ジバンシィクリエイティヴ・ディレクターであるリカルド・ティッシが手がけたジャケットも話題になり、「Niggas Is Paris」のリリックに見られるように、カニエのゴージャスでマテリアリスティックな欲求も、ここでピーク・ポイントを迎えたかのように見えた。

2013年には、7作目となるオリジナル・アルバム『Yeezus』を発表。サウンド・プロダクションにはハドソン・モホークやアルカ、ダフト・パンクやゲサフェルシュタイン、ブロディンスキーらも参加し、「I am the GOD(俺は神だ)」と主張しながら、従来のヒップホップ・サウンドとは一線を画すような攻撃的なトラックを揃えた。

『Yeezus』に収録された「New Slaves」ではモノに囚われる消費社会に対して警鐘を鳴らし、これまでのカニエのアルバム作品とは打って変って、ジャケットも無い(透明なプラスティック・ケースと銀色のディスク本体のみというミニマムな作りだ)、また、ラジオ・プレイ用のシングル曲もない、という規格外の問題作として発表された。自らを「神」と称し、カニエは次のステップ…というよりも次の進化過程に進んでしまったかのように見えたのだった。

  そんな「神」が提示した最新作が『TLOP』になるわけだが、本作を発表する間に、カニエの人生をガラっと変える出来事が起こった。それが、キム・カーダシアンとの結婚、そして、ノースとセイントという二人の子供の誕生だ。2013年6月、『Yeezus』発売のわずか3日前に、カニエとキムの間に第一子となるノース・ウエストが誕生。この時、二人はまだ交際中であったが、カニエがキムに(野球場を貸し切ったド派手な)プロポーズをし、2014年にめでたく夫婦となった。奥方のキム・カーダシアンといえば、リアリティ番組を通じて全米、ひいては世界中に自身の家族とのセレブ・ライフが放送されているお騒がせスターである。キムを始め、妹のクロエやケンダル、カイリーらを含む家族全員がセレブ芸能人として活動している唯一無二のファミリーだ。彼女のリアリティ番組を見ればわかるように、キムの生活には家族の存在が欠かせない。母ドンダをとことん愛し、彼女の逝去以降、母そして家族の存在を渇望していたとみられるカニエは、カーダシアン・ファミリーに大いに刺激されたのではとも推察する。カニエは、あのポール・マッカートニーと共作したシングル「Only One」を2015年元旦に発表する。

ここではカニエが娘のノースに対する愛情を歌っており、一部、故ドンダの目線から歌われた歌詞もあるほどで、父性溢れる心温まる一曲に仕上がっている。『Yeezus』で無機質な様式美を提示していたカニエとは180度対極と言ってもいいかもしれない。カニエといえば、パパラッチに対して乱暴な態度をとったり、MTVの祭典であるVMAの席でテイラー・スウィフトのマイクを奪い「お前じゃなくてビヨンセが賞を受け取るべきだった」と発言したりと、その身勝手で粗野な行動も度々報じられてきたが、パパになってからのカニエは、自作ブランドの新作スニーカーをタダで配布したり(なんと、馴染みのパパラッチにもプレゼントをするほどの大盤振る舞いっぷりだ)、自身の私設ファンクラブのメンバーを自宅ディナーに招待したりと、まるで性格が丸ごと変わったかのような人格者的行動が多く報じられたのだった。そして2015年12月5日、新作アルバム『TLOP』の発売も間近では、と囁かれていた最中、第二子となる長男・セイントが誕生したのである。

  本作がリリースされるまでにはこれまでに異常なまでの紆余曲折があった。もともとタイトルは『So Help Me God』となる予定で、2015年3月には13世紀の修道院聖母マリアを表すのに使用されていたと言われる文字を配したジャケット画像まで発表されていた。

また、2015年1月には「Only One」に続いてポール・マッカートニーとタッグを組み、リアーナも参加した「FourFiveSeconds」を発表。

その後、カニエはツイッター上で「アルバム名『SWISH』に変更する」とプラン変更を明らかにし、また、同時期にはシーアとヴィック・メンサを迎えたシングル「Wolves」、そしてセオフィラス・ロンドンとアラン・キングダムをフィーチャーした「All Day」も発表され、いよいよ新作発売か?とファンの期待も高まっていた。

また、その間、カニエはアディダスと組んだ自身のアパレル・ブランド<YEEZY SEASON>も立ち上げており、売り出されるスニーカーは即完売、ネット上でプレミア値が付くほどの騒ぎになるほどだった。

2016年に入り、アルバム発売への針は大きく進む。元旦にはドレイクとフューチャによる楽曲「Jumpman」に触発されたと思しき「FACTS」をサウンドクラウド上で発表。ここでは兼ねてのビジネス・パートナーであるNIKEの事を痛烈にディスり、非常に感情的な一曲で2016年が幕を開けた。1月9日には、妻、キム・カーダシアンがツイッターで新曲「Real Friends」を発表。続いて同日、カニエがツイッター上で「Swish February 11 16」と、アルバム発売日と思われる日程を発表し、1月18日にはケンドリック・ラマーとの新曲「No More Parties in LA」をリリース。1月25日はツイッター上でノートパッドに書かれた手書きのトラックリスト計10曲分を公開。

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1月27日、ツイッター上で「新タイトル、WAVES」とつぶやき、先日のノートバッドの画像を更にポスト。ただし、同一のものではなく、既存のトラックリストに加え、そこにはキムやスウィズ・ビーツ、A$APロッキーらのサインが増えていた。更に翌日、再度アップデートされたノートバッドの画像が。そこにはチャンス・ザ・ラッパー、アール・スウェットシャツ、ジョーイ・バッドアスらの名前に、エンジニアのマイク・ディーンらの名前も増加。

(こちらはノートパッド最終ヴァージョン

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2月2日、カニエは自身のブランド「Yeezy Season 3」のコレクション発表、並びに『WAVES』の発表会を2月11日にニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン(MSG)で行うとアナウンス。更には、その模様が世界中の映画館でライブ中継を行うことも決定(のちにストリーミング・サーヴィスのTIDALで中継されることも決まり、MSGのチケットは10分でソールドアウトに)した。2月10日、さらにツイッターで再度アルバム・タイトルを変更したと発表。最終的に『The Life of Pablo』がタイトルになる、と伝えた。翌日にはベルギー出身で、ラフ・シモンズとのコラボ作でも知られるアーティスト、ピーター・デ・ポッターのデザインによるジャケット写真も公開し、2月11日のお披露目会に向けて着実に情報を開示してきたカニエであった。2月11日、無事にMSGでコレクションの発表がなされ、同時に『TLOP』もそのBGMとして会場でお披露目をされた(ちなみに、コレクションのモデルにはヤング・サグやリル・ヨッティー、イアン・コナーといった若手MCらもモデルとして起用されていた)。しかしその後、さらに『TLOP』に変化が起きる。MSGでのコレクションの後すぐに、カニエは再びスタジオに入り「30Hours」をレコーディング。同時にツイッターで「とうとうアルバムが完成した」と宣言し、最終的なトラックリストを公開した。なお、そのタイミングで「マスタリングが終わったから、今日にでもアルバムを発表する」とツイートしたカニエだったが「チャンス(ザ・ラッパー)のせいでアルバムが出せない。あいつは「Waves」を収録したがっている。今、一緒にスタジオにいる」と、チャンスとともに再度、アルバムに手を加えている様子を実況中継。そして、2月14日にはTV番組「Sturday Night Live」にて豪華ゲストらとともに生ライヴを敢行。その直後、ようやくストリーミング・サーヴィスのTIDAL限定でやっと『TLOP』が世界中に配信された。ファンはどれだけカニエに振り回されたことか!

 ただ、これで終わりではない。配信先が限定されているTIDAでの独占発表ということもあり、ここ日本でもすぐにはアルバムが聴けない状態だった。そんな状況下でも、「TLOP」は発表から1週間足らずでストリーミング回数100万回を達成。さらにはTIDALの会員数も2倍以上に増え、驚異のカニエ・パワーを見せつけた。発売から1ヶ月後、カニエは信じられないことに「Famous」の内容を一部変更し、アルバムをアップデート。「『TLOP』は生きて呼吸をしているクリエイティヴな表現制作物なんだ。#コンテンポラリーアート」とツイートし、永遠に進化を続けるアルバム(と読み取れる)だとオドロキの発言を発表した。それからも、カニエは「Wolves」に手直しを加えたり、新曲「Saint Pablo」を追加で収録したりと、飽きることなく、この『TLOP』を<進化>させてきたのだった。

(後半に続く)

アリアナ・グランデ マンチェスター公演テロ事件に寄せて

すみません、普段こういう時事的なポストはしないのですが…(というかブログ自体頻繁に更新しないのですが)。あまりにもこの事件がショックすぎて、ツイッターで言うのもな、と思いブログにしたためます。

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今朝、出勤前にテレビから飛び込んできたニュース。イギリス・マンチェスターで歌手のコンサート会場で爆発があったと。死者もいる、と。

慌てて画面を見ると、アリアナ・グランデのコンサートだと報じられていました。そして、会場はマンチェスター・アリーナ。ここの会場、なんとたった数週間前に私の知人がコンサートを観に、わざわざ東京から訪れていたアリーナだったんです。私自身、この間の連休にはアトランタでフューチャーのライヴを観たばかりだったので、何というか…背筋が凍るようでした。

事件の詳細はこちらから。

亡くなった22名の犠牲者のうち、16歳以下の子供は12名にのぼるそうです。

アリアナといえば、圧倒的な歌唱力はもちろん、キュートであり、セクシーさを打ち出しながらもヘルシーな魅力もあって、世界中の女の子の憧れだったはず。お客さんの多くはティーンの女の子だったことでしょう。お小遣いを貯めて、やっとの思いでこの日を迎えた子もいるかもしれない、アリアナを追いかけて他国からマンチェスターを訪れた子もいるかもしれない。アリアナに近づきたくて、前日の夜に友達とファッションやメイクについて話していた子もいるかもしれない、コンサートが終わって、興奮しながらSNSに感想を書き込んでいた子もいるかもしれないーー。目撃者の証言として報じられていた内容には「ちょっと早めの誕生日プレゼントとして、家族からアリアナのチケットをもらった。人生で初めてのコンサート体験だった」と、8歳の息子のことを語る親もいました。本当にやるせない気持ちです。決してこれが、大人ばかりが集うコンサートだったらいいのかとかそういうわけではないですが、よりによって低年齢のファンも多いアリアナ・グランデのコンサートを狙った、という事実がただただ辛い。彼女に憧れていたような、キラキラした女の子たちの命がいくつも奪われたと思うとやるせません。

アリアナのステージを観て、本来であれば夢や勇気をもらうはずだったコンサート会場でこんなに凄惨な事件が起こってしまったこと、本当に本当に残念に思います。

日本のニュースで「イタリアで行われるG7のサミットを目前にしたアンチ・トランプ(アンチ・アメリカだったかも…)のテロリストによる犯行ではないか」と語っているコメンテーターもいましたが、トランプもしくはアメリカへのヘイトを込めてこのコンサートが狙われたのなら、余計に残念です。ちょうど先日、ある女性向けの媒体から「トランプとヒップホップ」についての原稿を依頼されていたばかりで、改めてケンドリック・ラマーやロジック、ジョーイ・バッドアスらのアルバムを聴き返して、彼らの音楽やリリックが持つパワーを再確認していたところでした。なので、歌やエンターテイメント作品の持つパワーは結局無力なのか、それどころか、テロ事件に利用されてしまうのか…と勝手に気持ちが沈んで行きました。

ちなみに、ドレイクも先日ヨーロッパ・ツアーが終了したばかり。アリアナの事件を受け、インスタグラムにこんなポストを。

(俺たちもヨーロッパのツアーを終えたばかりで、こんな恐ろしいことが起こるんじゃないかとよく話していた。そんなことが現実に起こってしまい、押しつぶされそうな気分です。事件に巻き込まれたすべての遺族の方にお悔やみを。マンチェスターのために、そして、アリアナにピースな心が訪れるように祈ります)

アリアナはまだツアーの真っ最中で、スケジュール通りであれば、次は5月24日にロンドン公演が控えています。TMZは彼女がツアーをキャンセルするらしい、と報じているけれど、現時点(日本時間5/23 23時)では、公式のアナウンスメントは発表されておらず、アリアナのHPには予定通りのツアーの日程が。8月には来日公演も予定されていますが、個人的には、歌手アリアナ・グランデではなく、23歳の女の子として、今はゆっくり休んで心を鎮めて欲しいなと思います。そして何より、命を奪われてしまった方々へご冥福を祈ります。
 

映画「ムーンライト」と『DAMN.』、そしてコダック・ブラック

こんにちは。

話題沸騰中の映画『ムーンライト』ですが、先日、二度目の鑑賞を終えました。

二度目となるとやはり細かい点にも気が付くもので、フアンが下の歯にゴールドとダイヤのグリルをはめ、真っ白いNIKEエアフォースワンのハイカットをバチっとロックしている姿など、改めてかっこいいなと思った次第です。ちなみにブラックは上下の歯にプレーンのゴールドのグリルだったので、そこはフアンと違うんだ〜などと思いながら観ていました。映画本編の冒頭のシーン、フアンが自分の手下のハスラーと話すとき、手下の彼がフアンに対して「thanks for the opportunity」と言うんですよね。ドラッグを捌くことはいけないことだと思うけど、貧しい地区でサヴァイヴしていかねばならない彼らには、そうせねばならない、それぞれの理由がある。確かこのあと、彼とフアンの間で「母さん(の病状)は?」「良くなっている」みたいなやり取りもあったかと思うのですが、手下の彼は、フアンからの手助けがないと家族を養い、母を看病することは出来ないのかもしれない。なので、ドラッグを捌いて金を受け取ることは彼にとってまぎれもない「opportunity(好機、チャンス)」なんですよね。たとえそれが、社会的に許されないことだったとしても。学校でシャイロンをいじめるテレルという少年(ちょっとワカ・フロッカ・フレイム的ヴァイブスを感じてしまうのだが)が出てきますが、彼もシャイロンへ投げつける言葉の中で「お前、(フアンの女の)テレサの所にいくのかよ?」とフアンの影をチラ付かせます。不良気質のテレルは、もしかしたら地元の名ハスラーである(ことが推測される)フアンに憧れていたのかもしれないですね。なので、フアンがかわいがっていたシャイロンのことを余計にいじめてしまうのかも…など、勝手に想像してしまいました。

 そして、二度目の『ムーンライト』を鑑賞して、私は改めてフアンとシャイロンの関係性についても色々と考えてしまったんです。例えば、物語のキーともなる、フアンがシャイロンに泳ぎを教えるシーン。シャイロンにとって、初めて海で泳ぐという体験をした日です。二本の脚を使って陸で歩くのとは異なり、手足をかき回すようにして海の中を泳ぐのは、これまでの日常世界とはまったくことなる「スキル」が必要。これまで、シャイロンに泳ぎを教えてくれる人なんて誰もいなかったのかもしれない。新しい世界で生きる術を教えてくれた人、シャイロンの人生のガイド役となったのがフアンだったのでしょう。劇中、フアンが「ドアに背を向けて座るな」と説くシーンがありましたが、恐らくフアンは自身の命を落とすまでにたくさんの「ハスラーズ・ルール」をシャイロンに教えたのではと思います。ちなみにこの時、勝手に私の頭の中に流れたのはハスラーたるもの…と<ギャングスタな心構え>が説かれる2パックの“Ambitionz Az A Ridah”でした。

物語が進んでいき、大人になったシャイロン(ブラック)が車に乗せていたのは、フアンから譲り受けたと思われる、王冠のフィギュア。誰もが「俺はキングだ」と思いながらサヴァイヴしているのが、彼が住む世界なのだなあ、と感じたのです。

でもって、これらのことを「俺には王の血がDNAに組み込まれているのさ!」と歌うキング・ケンドリックことケンドリック・ラマーの世界観にも照らし合わせずにはいられませんでした。鑑賞直前まで彼の最新アルバム『DAMN.』の原稿を書いていたから、ということもあって余計にそんな風にトレースしてしまった。映画『ムーンライト』はジャマイカ・キングストン出身のベーシストでもある、ボリス・ガーディナーの楽曲“Every N***** Is A Star」で幕を開けます。

ヒップホップ・ファンならハッとするかもしれませんが、この幕開け、ケンドリック・ラマーの3作目『To Pimp A Butterfly』とまったく同じなんです。しかも、監督のバリー・ジェンキンス氏はケンドリックの『TPAB』で初めてこの曲の存在を知ったそう(ちなみにボリス・ガーディナーも当時、ジャマイカで作られたブラックスプロイテーション映画のためにこの楽曲を制作したんですって)。

『ムーンライト』では<リトル、シャイロン、ブラック>と、1人の「シャイロン」のストーリーが3部に分かれて展開されますが、『DAMN.』に収録されている”FEAR.“という曲において、ケンドリックも7歳、17歳、27歳の頃の自分のストーリーを3つのヴァースに落とし込んでラップしてるんです。<とことん自分の内面と向き合いながら、変化や困難を受容していく>というテーマにおいても、双方の作品の共通性を感じてしまいました(やや強引かもしれないけど、マジでずっと『DAMN.』のことを考えながら観てたので笑!)。

また、『ムーンライト』の舞台となっているフロリダのリバティシティですが、同じフロリダのプロジェクト出身の若きラッパーがいます。最初に『ムーンライト』を見てから、彼のことも頭からずっと離れずにいました。彼、コダック・ブラックという名前なのですが、リバティシティのプロジェクト(低所得者用住居、またはそうした住居が並ぶエリア)からもほど近い、フロリダ州のポンパノ・ビーチというところの出身で、両親はハイチからの移民だとか。

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現在、まだ19歳なのですが17歳頃から彼のリリースするミックステープが高く評価され、ドレイクやフレンチ・モンタナにもフックアップされるなど、サウス・エリアの若きホープとしてヒップホップ・リスナーからの注目を多く集めていました。

ただ彼、かなりの悪ガキで、幾度となく逮捕〜少年院送り〜裁判〜釈放を繰り返しています。今現在も、暴行容疑で係争中だったり。そんなコダック、つい最近、デビュー・アルバム『Painting Pictures』を発表したばかり。テキサス・ラップの重鎮、バン・Bからアトランタのスター、ジーズィーやフューチャー、ア・フーティー・ウィッダ・ブギーらが参加しており、共演メンツはめちゃくちゃ豪華。そんなコダックなのですが、アルバムの発売と同時にショート・ドキュメンタリー動画『Project Baby』も発表したんですね。このタイトルは、彼がキャリア初期に発表したミックステープに由来します。全編、Youtube上で無料で観れますので是非。

で、その『Project Baby』に出てくるコダックのフッド(地元)の様子が、『ムーンライト』でシャイロンが育ったプロジェクトにそっくりなんですよ。痩せた芝生に覆われた低層階の家や、フェンスで囲まれたエリアなどなど。偶然ですが、コダックも「ブラック」というニックネームで呼ばれていたそうです。映像の中では、コダックの兄や友人たちまでもがフッドを案内してくれますが、自分が生まれ育った地元であっても、常に油断はできない緊迫した空気が漂い、生々しく我々の目に映ります。動画内では「もしも俺が私立の学校に行ってれば、ゴタゴタに巻き込まれずに済んだと思う。でも、そんな学校に行っていたら、今の俺は存在しないもんな。学校に行ってもさ、みんなフレッシュにキマってるのに、俺だけフレッシュじゃない。俺が学校に行くのは、一発カマして新しい服をゲットした日だけだった。俺の人生は、血と汗、涙(blood, sweat and tears)…そして復讐(revenge)なんだ」と語るコダック。わずか19歳にして人生は復讐だと定義づけるとは…。また、彼は自身のラップを「映画みたいだ」と説明します。自分がリアルに体験していることを楽曲にする。それを聴いたリスナーは、まるで自分が同じことを追体験しているかのように感じる、と。「俺はラップはしない。リアルなことをイラストレイトしているのさ」と語ります。動画の中で最も印象的だったのは、父親のことを語るコダックの姿です。

「写真の中に親父は居ない。もし親父が俺のそばにいたら、俺はこうなっていなかったはず。一度、自分が捕まった時に、めっちゃ親父に会いたいと思った。もしも親父が死んでも泣かないと思う。もし親父が近い存在だったら泣いたと思うけど…例えば、一緒に楽しいことをしたりとかさ。でも、俺は釣りの仕方すら知らないんだ」

シャイロンも、父親の姿を知らずに育ちます。彼にとっては初めてのファーザー・フィギュア(父親の代わりとなるような年長の人)がフアンだったのだと思います。フアンに泳ぎ方を教えて貰ったシャイロンですが、コダックも先輩たちとツルみはじめてラップすることを覚えたと語っていました。彼にとって新しい世界に通じる「スキル」が、まさにラップなのだろうと思います。今後、コダックは一緒に釣りが出来るようなファーザー・フィギュアを見つけることが出来るのでしょうか。そもそも、コダック自身そろそろ父親になるそうで、ひょっとしたら自分の子供に釣りを教える方が先かもしれません。

ちなみに『ムーンライト』のバリー・ジェンキンス監督はサウスのヒップホップ、そしてなかでもチョップド&スクリュー系のモノが大好きだったそうで、映画の中でもグッディ・モブ"Cell Therapy"や、何よりチョップド&スクリュードされたジデーナ"Classic Man"が印象的に使われています監督&音楽ネタで面白かったインタヴュー記事はPitchforkのコチラ。

そして、翻訳家の押野素子さんに教えていただいた『ムーンライト』の音楽を担当したニコラス・ブリテルのインタヴュー・ポッドキャストも、とっても面白かった!どのようにしてあの印象的なメロディが創られていったか、そして、主となるメロディのキーを変えるなど、どのようにして三つのチャプターに併せて楽曲の印象を変えていったかなどをブレイクダウンしており、とても興味深いです。もちろんチョップド&スクリュードについても!

Nicholas Britell - Moonlight — Song Exploder — Overcast

最後にこんなことを書くのもアレですが、『ムーンライト』の字幕で<ジョージアアトランタ州の>と表記されていた箇所がありましたよね。正しくは<ジョージア州アトランタ>なんだけど、ここはあえてアトランタ州の、という表記にしたのかな?んん?アトランタ好きとしてはやはり引っかかってしまいましたね…。

では、また〜。

 

シカゴ出身の女性MC、ノーネームに思うこと。

2016年は、初めての女性東京都知事が誕生したり、ヒラリー・クリントンも米大統領候補として健闘したり、ビヨンセとソランジュ姉妹の主張溢れるアルバム2作が全米首位を獲得したりと、やはり女性の活躍が目立った一年だったのではないでしょうか。VH1のHIPHOP HONORSも女性MCを讃えるモノだったしね。

その中で、とりわけ印象的だった女性アーティストの作品を紹介したく思います。

彼女の名はシカゴ出身のノーネーム(Noname)。同郷であるチャンス・ザ・ラッパー周辺で活動していた彼女ですが(雑な説明ですみません!)、2016年、サウンドクラウド上でEP『Telefone』を発表しました。

柔軟なフロウと歌声のナチュラルなコントラストがとても耳障りがよくて、特にコーラスワークには、繊細でオーガニックな美しさが滲み出ているよう。とはいえ、個人的に彼女の魅力の真髄はそれ以外の点にあると思っています。それは、女性(もっと言うなら、アメリカに生きる黒人女性)ならではの視点からラップしているのがとてつもなくユニークで素晴らしい点。彼女は昔から詩を書いていたそうで、歌詞は「リリック」というよりも「現代詩」と言った趣。思いがけない単語を組み合わせてドキっとする描写をするんです。あと「リリックの意味がよく分からない」と言われることも多いみたいで、ノーネーム自身、インタヴューでは「私の詩は好きに解釈してくれて構わない」と答えています。『Telefone』の中でも評価が高いのが「Casket Pretty」という曲で、「casket」は「棺」という意味。この場合、若者たち、幼い子どもたちが棺の中に入らねばならない=命を落とす、という事実が語られているんですね。

Roses in the road, teddy bear outside

Bullet there on the right

Where's love when you need it

(路上の薔薇、外に置かれたテディベア

あそこの弾丸 

必要なとき、愛はどこにあるの)

(この歌詞の前には、男性が警察に殺される描写が)

薔薇の花は追悼のためのもの。テディベアも同じく、ですよね。しかもテディベアのぬいぐるみを供えるくらいだったから、もしかして命を落としたのはまだ小さい男の子だったのかな。それとも、大人の男性が撃たれて彼の子どもや親戚の子がせめてもの思いで供えたテディベアだったのかもしれない…と、この数行でいろんな光景を想像してすごく切ない気持ちになってしまいます。そして、私が涙を流さずにいられないのが「Bye Bye Baby」という曲。この曲、ノーネームはFADERのインタヴューでこんな説明をしています。

「堕胎を経験した子たちのために、ラヴソングを作りたくて書いた曲。人々が堕胎について話すときって、大抵、そこに愛情はないって感じで話すじゃない。(堕胎に関しては)憎しみや鬱って感情しか見当たらない。私は、堕胎を経験した女性を知ってるわ。でも、そんな女性たちに向けた歌って存在しないのよ。もしくは堕胎を経験した瞬間のカタルシスを表した曲や、そんな女の子達を音楽で癒す音している曲が。この曲は、私にとっても、いち女性としてとても重要な曲。あと、そうした女性を気にかけているリスナーにとっても重要な曲だと思うわ」(著者抄訳)

少し話が逸れますが、2016年に公開された映画に「Barbershop3 :The Next Cut」というブラック・ムーヴィーがあります。アイス・キューブ主演の人気シリーズだから、知ってる方も多いのではないかしら。

この物語、シカゴの中でも犯罪都市として悪名高いサウスサイドと呼ばれるエリアを舞台にしているんです。で、シリーズ三作目となる本作でも、キューブ演じるカルヴィンの息子がギャングのメンバーに加入するのでは?という懸念から端を発して、広がる少年犯罪をどうやって防ぐべきか?ローカル・コミュニティとして何か出来ることは?と奮闘・葛藤する様子がストーリーの軸として描かれます。つい先日、カニエ・ウエストとドナルド・トランプが面会したことが話題になりましたが、カニエ自身、ツイッターで「シカゴの現状をどうにかして欲しくてトランプに会った」と呟いていましたよね。

例えば、チーフ・キーフやリル・ダークといった、現代のシカゴ・サウスサイドをレペゼンする若手MCたちは、ローカルのギャング団に入っていることを誇りにし、そのハードな暮らしをラッパーとしてのアイデンティティにしているわけです。言ってみれば、彼らがラップする過激な歌詞というものは(誇張はあるのかもしれないけど)実際にシカゴが直面している社会問題と直結するもの。しかし、私たちはそれをエンターテイメントのコンテンツとして享受している…と、「Barbershop3」を観ながらそうしたアンビバレントな事実を改めて考えてしまいました(この問題については、常にしばしば考えてしまいます)。ただ、このあたりのことはシカゴきってのリリシストかつ活動家であるコモンがアルバム『Nobody's Smiling』でしっかりと問題提議しています。

ちなみに最近、CNNが報じたニュースによると、シカゴの犯罪発生件数は過去19年で最大となったそうで、そのうち、銃撃事件が1年間で3,550件だとか…1日に約10件のペースです…。

そんなことを思いながらノーネームの作品を聴くと、終わりのない問題がぐるぐると頭をよぎってしまいます。柔らかい語り口の奥に、彼女が育ったバックグラウンドや、ここ東京では計り知れないほどのタフな状況があるのかと…。先ほどの「Bye Bye Baby」一つとっても、東京とシカゴの堕胎率、そして堕胎に至る経緯に関しては大きな違いがあるのかもしれないですよね。

シカゴ出身の女性MCといえば、バディ・ガイの娘でもあるショウナがいましたけど、このノーネームがこの先どんなストーリーを語ってくれるのか非常に楽しみでもあります。そして、チャンス・ザ・ラッパーや彼女のような新しいアーティストのパワーによって、地域のコミュニティが若者によってより健全な場所となりますように、とも願わずにいられません。

ノーネームのEP『Telefone』の全曲分のリリック&解説はこちら。

 それでは〜。