HIPHOPうんちくん

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カニエ・ウエスト『The Life Of Pablo』ライナーノーツ原稿公開(後半)

前半はこちら)

ただ、今作は全方位から温かく受け入れられたわけではない。カニエにゴシップは付き物だが、今回、もっとも世間を騒がせているのが「Famous」問題だろう。

「俺とテイラー・スウィフトはセックスしてるかも。なぜってあのビッチを有名(Famous)にしてやったのはこの俺だからな」とのたまうリリックが話題となり、テイラー本人もカニエに抗議。「収録前にテイラーに電話をし、きちんと許可を得た」と話すカニエだったが、テイラー側は「そんな事実はなかった」と否定。しかしその後、キム・カーダシアンがスナップチャット上で、カニエとテイラーの通話音声をアップし、カニエの正当性を明らかにした。その音声ではカニエがテイラーに対して問題のリリックを読み上げてテイラーに「この箇所、どう思う?友達として君に事前確認したかったんだ」と問いかけている様子が。さらにテイラーは「前もって教えてくれてありがとう!感謝するわ。歌詞は好きにして」と答えている。

また、アルバム発表前後にカニエ自身がツイッター上で連続ツイートしたことも話題になっており、そこでは約60億円近い負債を抱えていることを告白したり、facebookの設立者であるマーク・ザッカーバークに向けて巨額な資金援助を求めたりと、ツイッター上での迷走も。自身の創造性を追求するあまり、周囲の理解を得られない言動が目立ったことも事実だ(カニエらしいといえば、十分にカニエらしい出来事だ)。

 さらに『TLOP』の内容に関して触れていきたい。今回、もっとも本アルバムに影響を与えたアーティストが「Ultra Light Beam」などに参加しているチャンス・ザ・ラッパーだろう。チャンスはカニエと同じシカゴ出身である若きミュージシャンだが、彼もまた、今年『Coloring Book』という見事な出来栄えのアルバムをApple Music限定で発表したばかり。こちらの作品にも『TLOP』と重なりあうような雰囲気が見え隠れし、もともとチャンスが『Coloring〜』用に温めていたアイデアをカニエとシェアする様な形で作られたのでは?と邪推してしまうほどだ。そして、本作をきっかけに大ブレイクを果たしたのが「Father Stretch My Hands Pt. 2」、「Freestyle4」にフィーチャーされている、ブルックリン出身の新鋭MC、デザイナー(Desiigner)だ。「Father〜」ではデザイナーの「Panda」というシングルの一節をそのまま使用しているが、その「Panda」 は『TLOP』以降にシングルとして正規発売され、みるみるうちにビルボードの総合チャート首位を奪取するまでのヒットに。ほぼ同時に、カニエ・ウエストが創設し、プッシャ・Tが社長を務めるレーベル、G.O.O.D MUSICとも契約を交わし、デザイナーは早くもスターラッパーの仲間入りを果たしたのだった。

他、「High Lights」で参加したヤング・サグは、アトランタの現行シーンを代表する若手ラッパー。多作家としても知られる一方、アルバム『Jeffery』のジャケットや、彼が起用されたカルヴァン・クラインのモデル写真ではユニセックスなファッションを取り入れるなど、そのチャレンジングな姿勢も、支持を集めている理由のひとつだろう。「Wolves」に参加したのはシカゴに生まれ、前述したチャンス・ザ・ラッパーと共に<SAVE MONEY CREW>の一員としても活動していたヴィック・メンサ。のちのインタヴューで「Wolves」はヴィックとカニエが初めて出会った日にレコーディングしたと語っている。同じ「Wolves」には自身のヒット「Chandelier」のほか、ビヨンセやリアーナらへの楽曲提供でも知られる引っ張りだこのシンガーソングライター、シーアが参加。なお、本曲は当初、ヴィックとシーアが参加したヴァージョンが発表されていたのものの、アルバムにはその二人のパートは除外され、代わりにフランク・オーシャンをフィーチャーしたヴァージョンが収録された。しかし、ファンの抗議も受けてか、再度、ヴィック&シーアとのオリジナル・ヴァージョンを収録、フランクのヴァースはのちに「Frank's Track」を名を改めて『TLOP』に収録された。このフランクも、今年は『blond』という傑作アルバムを発表。しかも、Apple Musicによる独占的な無料ストリーミンング形式としてリリースされて話題を呼んだことも記憶に新しい(ちなみにフランクのアルバムも直前になってそのタイトルが変更された)。「Fade」には、現在、西海岸の地から全米のストリート・ヒットを作り出すシンガー&プロデューサーのタイ・ダラー・サイン(今年はフィフス・ハーモニーとの「Work From Home」がトリプル・ミリオンを記録するヒットに)、そして、テキサス州ダラス出身で、「White Iverson」のヒットで瞬くまでにメジャー・ディールを獲得したMC、ポスト・マローンも参加。そして、追加収録された「Saint Pablo」にはUK出身のサンファが登場。インディ・シーンを中心に脚光を浴び、これまでにもSBTRKTやドレイク、ビヨンセら、FKAトゥウィグスらの作品に関わってきたサンファだが、『TLOP』以後もフランク・オーシャンやソランジュのアルバムにも携わり、その存在感は増すばかりだ。

 加えて、リアーナやケンドリック・ラマー、ザ・ウィーケンドにクリス・ブラウンといったスター・アーティストたちも『TLOP』に集結。そして「Father Stretch My Hands Pt. 1」でフックを歌っているのは、『808〜』以降、カニエに多くのイスピレーションを与えてきたキッド・カディだ。ただ、カディは2016年9月にカニエやドレイクに向けて「ヒット曲を作るのに30人体制で曲を作っているフェイクな奴ら。俺のことなんて気にしちゃいないんだろ」といった趣旨のツイートをし、炎上騒ぎに。その後、カディは鬱や自殺願望に苛まれる病にかかり、現在は治療中の身だと報じられた。ドレイクはこの発言に対して好戦的に返しており、カニエも当初、ライブの場で「お前に生を授けたのはこの俺だ!」とカディを諌めていた。しかし、その後は「カディのことを想って歌ってくれ」と、前置きして「Father〜」のフックをライヴの観客に合唱させるなど、カディを気遣う態度を取っていることも付け加えたい。

 さらに、ザ・ドリームやアウトキャストアンドレ3000、エル・デバージまでも登場して本作を盛り上げている他、ゲストといえば、このアルバムの重要なエッセンスを加えているのがカーク・フランクリンやケリー・プライスらの参加だ。もともと「次作はゴスペル・アルバム」になるとツイートしていたカニエだが、実際、彼らの歌声(と説法)を添えることで、よりゴスペル色を増すことに成功している。もう一人、「Siiiiiiiiilver Surffffeeeeer Intermission」にて獄中から電話を介した音声のみで参加したマックス・Bも、大事なゲストの一人。もともと、75年の懲役を言い渡され、現在も堀の中にいる彼だが、現在は早期釈放に向けて注力している様子。音声の録音など、本曲の制作を務めたのはマックス・Bの盟友でもあるフレンチ・モンタナだ。

 前作『Yeezus』世界の新鋭サウンド・クリエイターを集結させていたカニエだったが、サウンド面に関しては、今回はヒップホップそのもへの原点回帰とも言えるような、熟練ビート職人たちの参加も目立つ。長年カニエのツアーにも参加し、彼のサウンド・メイキングを担ってきたマイク・ディーンや、重鎮であるリック・ルービンを筆頭に、モブ・ディープのハヴォックやマッドリブらも参加。加えて、サウスサイドやメトロ・ブーミンらサウスの気鋭ビートメイカーや、バルセロナ出身のシンジン・ホーク、ノルウェー出身のカシミア・キャットらクラブ・ミュージック界の新騎手たち、ハドソン・モホークやボーイ・ワンダら、これまでのカニエ・サウンドに新たなスパイスを加え続けてきたトラックメイカーも一挙に名を連ねている。プロダクションに関して、ハヴォックが手掛けた「Famous」は90年代のヒッホップらしい太いドラムのビートが鳴り響くが、「Father Stretch My Hands Pt. 1、Pt.2」では最新のトラップ調の仕上がりであり、「Wolves」では深淵なビート感が強く印象に残る。「Fade」ではシカゴ・ハウス史にも残るユニット、フィンガーズ・ インクの「Mystery of Love」など、ハウス・クラシックをサンプリングし、大胆なサウンドスケープを体現している。

全体を通して唐突な印象を受けるトラックも少なくないし、まとまりがなくとっ散らかっている印象さえ受けるのだが、そこにカニエのエモーショナルなラップが乗り彼の衝動がそのままトラックに表されていると思うと、恐ろしいほどダイナミックなストーリー性を産み、また、非常に中毒的な魅力を演出しているとも言える。

 タイトルになった『The Life Of Pablo』の「パブロ」とは、キリスト教における使徒パウロを指す、とカニエは語る。本作の一曲目に収録された「Ultra Light Beam」は4歳の女の子、ナタリー・グリーンちゃんによる神への祈りのシャウトで幕をあけるし、「Low Lights」ではキングス・オブ・トゥモローの「So Alive」から女性ヴォーカルのアカペラを抜き出し、神への賛辞を大々的にフィーチャーしている。デビュー・アルバム『Colalge Dropout』に収録されたヒット・シングル「Jesus Walks」では「ヤツらは銃やセックスについてラップしろと言う。神のことなんか歌った暁には、俺の曲はラジオで掛からねえだろうな」と毒づいたカニエだったが、本作で語られている多くのトピックは<神>だ。

前作で「俺こそが神」だと高らかにラップしていたカニエだったが、自ら家族を築き、子供を授かったことで「神」は自分ではなく、再び<自分が崇める偶像>としてトランスフォームされたようだ。彼の私生活も踏まえて、一度<神>になったカニエが、自分の人生の転換期を経て再度、血の通った一人の迷える<人間>として完成させたのが、この『TLOP』だと筆者は捉えている。

 

 現在、カニエは本作を提げた大規模な北米ツアー中の真っ只中。ツアーでは、フローティング・ステージと呼ばれる宙吊りのステージの上にカニエが乗り、フロアではオーディエンスがひたすらカニエのラップに合わせてモッシュしながら盛り上がる、という異様な光景が繰り広げられている。筆者もシカゴ公演に出向いたが、数万人のオーディエンスが頭上のカニエを見上げながら盛り上がる様子は、さながら、なんとかしてノアの方舟に乗ろうとする動物たち、もしくは、神を崇めながらそのありがたい言葉を受け取ろうとする民衆たち、といった様子だった。

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 本作には、世界一ワガママで身勝手で風変わりなアーティストであるカニエ・ウエストが伝えたいことすべてが詰まっている。<家族>と<信仰心>というシンプルな二本柱がそのメッセージの核たる部分と言い切れるが、それに付随する彼のシニカルさやユーモア、絶望にも似た気持ちなど、無機質でミニマルだった前作とは打って変わった非常に人間臭い一枚だ。タイトルの変更や内容のアップデート、さらにはその言動の一挙一動まですべて含めた<アート>を感じるべく、彼の言葉とサウンドに耳を傾けてほしい。

 

2016.11 text by 渡辺志保