HIPHOPうんちくん

おもに米HIPHOPの新譜やアーティストのうんちくなどについてつらつらと執筆するブログです。

カニエ・ウエスト『The Life Of Pablo』ライナーノーツ原稿公開(前半)

こんにちは。突然ですが、お蔵入りになっていたカニエ・ウエスト『The Life Of Pablo』のライナーノーツの原稿を本ブログにて公開したく思います。本稿を執筆した詳しい経緯は省きますが、せっかく書いたものなので、どなたかに読んでほしいな〜と思った次第。レーベルの方による校正などもしておりませんので、記述に誤りなどあったらゴメンなさい。あと、約1万字のボリュームですのでめちゃくちゃ長いです。前後編に分けました。後半はコチラ。そして、もとのテキストの間にYoutubeなどのリンクを埋め込んだら逆に読みづらくなったような気も…。すみません。

ちなみに『TLOP』はストリーミング配信をメインの形態として発表された作品ですが、日本での再生回数のシェア率は他国と比較してダントツで低いそうです…。超微力ながら、このブログを読んで、ラッパー/アーティストとしてのカニエならびに『TLOP』に興味を持ってくれる方がいれば嬉しいです。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/en/4/4d/The_life_of_pablo_alternate.jpg

なお、『TLOP』はこちらで聴けます。

(以下、2016年11月に執筆した原稿となります)

 

 これまでに6作のオリジナル・アルバムを発表し、同時にゴシップや不可解な行動で世間を騒がせてきたカニエ・ウエスト。彼が7作目のアルバムとして発表したこの『The Life Of Pablo』は、彼のこれまでのキャリアにおいてどの作品とも似ていない、また、現時点におけるどんな音楽アルバム作品とも似ていない、奇妙奇天烈な音楽作品だ。複雑だけれどもシンプルで、幾つもの面によって彩られた万華鏡のようでもあり、かと思えば高い壁に阻まれた巨大迷路のようでもある。何とも稀有なアルバム作品である。

 まずは、本作のリリースに至るまでを溯ろう。2004年に発売されたデビュー作『The Collage Dropout』に始まり、『Late Registration』(2005)、『Graduation』(2007)の三作は<大学三部作>とも呼ばれ、彼の生い立ちやゴシップ的な話題に盛大な皮肉を込め、時には自虐ネタも大いに盛り込んでラップした内容も目立つ。初期の<早回しサンプリング・サウンド>や、マルーン5アダム・レヴィーンとのコラボ、ダフト・パンクの引用など、ヒップホップ・サウンドに新たなスパイスを加えたカニエの作風やアーティストとしてのアイデンティティは、この三作においてその大部分が形成された。

その後、カニエというアーティスト性にさらに変化が生じたのが、『808s & Heartbreak』(2008)だ。婚約者との破局、そして母親との死別という二人の女性という二人の女性との別離によって感情を突き動かされて完成されたこのアルバムは、全編にオートチューンを多用し、悲壮感や喪失感、孤独感に溢れたアルバムとなった。

それとは反対に、続く『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』は、『808s〜』で心情的にどん底まで沈んだ経験をバネにするかのような豪奢な作品だ。リード曲「Runaway」のショートフィルムや、ジョージ・コンドのドローイングをフィーチャーした赤いジャケットにも象徴的なように、自身のアルバムをより<アートフォーム>として昇華させた一枚でもある。

その翌年、カニエはジェイZとのコラボ・アルバム『Watch The Throne』をドロップ。

高級ブランド、ジバンシィクリエイティヴ・ディレクターであるリカルド・ティッシが手がけたジャケットも話題になり、「Niggas Is Paris」のリリックに見られるように、カニエのゴージャスでマテリアリスティックな欲求も、ここでピーク・ポイントを迎えたかのように見えた。

2013年には、7作目となるオリジナル・アルバム『Yeezus』を発表。サウンド・プロダクションにはハドソン・モホークやアルカ、ダフト・パンクやゲサフェルシュタイン、ブロディンスキーらも参加し、「I am the GOD(俺は神だ)」と主張しながら、従来のヒップホップ・サウンドとは一線を画すような攻撃的なトラックを揃えた。

『Yeezus』に収録された「New Slaves」ではモノに囚われる消費社会に対して警鐘を鳴らし、これまでのカニエのアルバム作品とは打って変って、ジャケットも無い(透明なプラスティック・ケースと銀色のディスク本体のみというミニマムな作りだ)、また、ラジオ・プレイ用のシングル曲もない、という規格外の問題作として発表された。自らを「神」と称し、カニエは次のステップ…というよりも次の進化過程に進んでしまったかのように見えたのだった。

  そんな「神」が提示した最新作が『TLOP』になるわけだが、本作を発表する間に、カニエの人生をガラっと変える出来事が起こった。それが、キム・カーダシアンとの結婚、そして、ノースとセイントという二人の子供の誕生だ。2013年6月、『Yeezus』発売のわずか3日前に、カニエとキムの間に第一子となるノース・ウエストが誕生。この時、二人はまだ交際中であったが、カニエがキムに(野球場を貸し切ったド派手な)プロポーズをし、2014年にめでたく夫婦となった。奥方のキム・カーダシアンといえば、リアリティ番組を通じて全米、ひいては世界中に自身の家族とのセレブ・ライフが放送されているお騒がせスターである。キムを始め、妹のクロエやケンダル、カイリーらを含む家族全員がセレブ芸能人として活動している唯一無二のファミリーだ。彼女のリアリティ番組を見ればわかるように、キムの生活には家族の存在が欠かせない。母ドンダをとことん愛し、彼女の逝去以降、母そして家族の存在を渇望していたとみられるカニエは、カーダシアン・ファミリーに大いに刺激されたのではとも推察する。カニエは、あのポール・マッカートニーと共作したシングル「Only One」を2015年元旦に発表する。

ここではカニエが娘のノースに対する愛情を歌っており、一部、故ドンダの目線から歌われた歌詞もあるほどで、父性溢れる心温まる一曲に仕上がっている。『Yeezus』で無機質な様式美を提示していたカニエとは180度対極と言ってもいいかもしれない。カニエといえば、パパラッチに対して乱暴な態度をとったり、MTVの祭典であるVMAの席でテイラー・スウィフトのマイクを奪い「お前じゃなくてビヨンセが賞を受け取るべきだった」と発言したりと、その身勝手で粗野な行動も度々報じられてきたが、パパになってからのカニエは、自作ブランドの新作スニーカーをタダで配布したり(なんと、馴染みのパパラッチにもプレゼントをするほどの大盤振る舞いっぷりだ)、自身の私設ファンクラブのメンバーを自宅ディナーに招待したりと、まるで性格が丸ごと変わったかのような人格者的行動が多く報じられたのだった。そして2015年12月5日、新作アルバム『TLOP』の発売も間近では、と囁かれていた最中、第二子となる長男・セイントが誕生したのである。

  本作がリリースされるまでにはこれまでに異常なまでの紆余曲折があった。もともとタイトルは『So Help Me God』となる予定で、2015年3月には13世紀の修道院聖母マリアを表すのに使用されていたと言われる文字を配したジャケット画像まで発表されていた。

また、2015年1月には「Only One」に続いてポール・マッカートニーとタッグを組み、リアーナも参加した「FourFiveSeconds」を発表。

その後、カニエはツイッター上で「アルバム名『SWISH』に変更する」とプラン変更を明らかにし、また、同時期にはシーアとヴィック・メンサを迎えたシングル「Wolves」、そしてセオフィラス・ロンドンとアラン・キングダムをフィーチャーした「All Day」も発表され、いよいよ新作発売か?とファンの期待も高まっていた。

また、その間、カニエはアディダスと組んだ自身のアパレル・ブランド<YEEZY SEASON>も立ち上げており、売り出されるスニーカーは即完売、ネット上でプレミア値が付くほどの騒ぎになるほどだった。

2016年に入り、アルバム発売への針は大きく進む。元旦にはドレイクとフューチャによる楽曲「Jumpman」に触発されたと思しき「FACTS」をサウンドクラウド上で発表。ここでは兼ねてのビジネス・パートナーであるNIKEの事を痛烈にディスり、非常に感情的な一曲で2016年が幕を開けた。1月9日には、妻、キム・カーダシアンがツイッターで新曲「Real Friends」を発表。続いて同日、カニエがツイッター上で「Swish February 11 16」と、アルバム発売日と思われる日程を発表し、1月18日にはケンドリック・ラマーとの新曲「No More Parties in LA」をリリース。1月25日はツイッター上でノートパッドに書かれた手書きのトラックリスト計10曲分を公開。

http://i.imgur.com/Qn1TaUv.jpg

1月27日、ツイッター上で「新タイトル、WAVES」とつぶやき、先日のノートバッドの画像を更にポスト。ただし、同一のものではなく、既存のトラックリストに加え、そこにはキムやスウィズ・ビーツ、A$APロッキーらのサインが増えていた。更に翌日、再度アップデートされたノートバッドの画像が。そこにはチャンス・ザ・ラッパー、アール・スウェットシャツ、ジョーイ・バッドアスらの名前に、エンジニアのマイク・ディーンらの名前も増加。

(こちらはノートパッド最終ヴァージョン

http://i.imgur.com/TPc2i6T.jpg

2月2日、カニエは自身のブランド「Yeezy Season 3」のコレクション発表、並びに『WAVES』の発表会を2月11日にニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン(MSG)で行うとアナウンス。更には、その模様が世界中の映画館でライブ中継を行うことも決定(のちにストリーミング・サーヴィスのTIDALで中継されることも決まり、MSGのチケットは10分でソールドアウトに)した。2月10日、さらにツイッターで再度アルバム・タイトルを変更したと発表。最終的に『The Life of Pablo』がタイトルになる、と伝えた。翌日にはベルギー出身で、ラフ・シモンズとのコラボ作でも知られるアーティスト、ピーター・デ・ポッターのデザインによるジャケット写真も公開し、2月11日のお披露目会に向けて着実に情報を開示してきたカニエであった。2月11日、無事にMSGでコレクションの発表がなされ、同時に『TLOP』もそのBGMとして会場でお披露目をされた(ちなみに、コレクションのモデルにはヤング・サグやリル・ヨッティー、イアン・コナーといった若手MCらもモデルとして起用されていた)。しかしその後、さらに『TLOP』に変化が起きる。MSGでのコレクションの後すぐに、カニエは再びスタジオに入り「30Hours」をレコーディング。同時にツイッターで「とうとうアルバムが完成した」と宣言し、最終的なトラックリストを公開した。なお、そのタイミングで「マスタリングが終わったから、今日にでもアルバムを発表する」とツイートしたカニエだったが「チャンス(ザ・ラッパー)のせいでアルバムが出せない。あいつは「Waves」を収録したがっている。今、一緒にスタジオにいる」と、チャンスとともに再度、アルバムに手を加えている様子を実況中継。そして、2月14日にはTV番組「Sturday Night Live」にて豪華ゲストらとともに生ライヴを敢行。その直後、ようやくストリーミング・サーヴィスのTIDAL限定でやっと『TLOP』が世界中に配信された。ファンはどれだけカニエに振り回されたことか!

 ただ、これで終わりではない。配信先が限定されているTIDAでの独占発表ということもあり、ここ日本でもすぐにはアルバムが聴けない状態だった。そんな状況下でも、「TLOP」は発表から1週間足らずでストリーミング回数100万回を達成。さらにはTIDALの会員数も2倍以上に増え、驚異のカニエ・パワーを見せつけた。発売から1ヶ月後、カニエは信じられないことに「Famous」の内容を一部変更し、アルバムをアップデート。「『TLOP』は生きて呼吸をしているクリエイティヴな表現制作物なんだ。#コンテンポラリーアート」とツイートし、永遠に進化を続けるアルバム(と読み取れる)だとオドロキの発言を発表した。それからも、カニエは「Wolves」に手直しを加えたり、新曲「Saint Pablo」を追加で収録したりと、飽きることなく、この『TLOP』を<進化>させてきたのだった。

(後半に続く)