ビヨンセ"Formation"、それぞれに提示するステイトメント。
<2016年2月9日 追記・加筆修正アリ>
※今回の記事において、ビヨンセの歌詞中に「negro」と表記されている箇所はそのまま「ニグロ」と訳しています。現代社会において、我々がこの「Nワード」を使うことはタブー以外の何物でもありませんので、ご承知の上お読みください。
ビヨンセが米時間の2月6日にいきなりドロップした新曲”Formation”、このブログを読んでくださっている紳士淑女の皆さまにおかれましては、すでにチェック済みの事だろうと思います。
「やっぱりビヨンセはクイーンだ!」と納得させられる、パワーとエネルギーに満ちたMVは素晴らしいの一言。
そしてこの"Formation"、それぞれの拠りどころとなる深い楽曲なんです。
まずは女性として。
ピッチフォーク曰く「ビ・ロソフィー(Bey-losophy、哲学=フィロソフィー/philosophy)」とのことですが、ビヨンセはいつだって、歌を通してフェミニズムにも通じるビヨ哲学を私たちに説いてくれていました。「アンタ、おかしいんじゃないの!?おカネも長所も何一つ無い男のくせに!」と男性バッシングをかます”Bills,Bills,Bills”や「服も靴も家も、私の稼ぎで買ってるの、だって私が頼れるのは自分だけ」と歌う”Indepenent Woman (pt.II)”、そして「問:世界を仕切ってんのは!?答:ガールズ!」と歌う霊長類最大規模のガールズ・アンセム”Run The World (Girls)”などなど、凹んだ時、仕事や学校に行きたく無い時、こんなダメな男と別れたい…と悩むとき、いつだって背中を押してくれたのはクイーン、ビヨンセです。
そんなビヨンセが、今回も「さあ、レイディース!フォーメーションを組むよ!」と宣戦布告。ビヨンセにそう言われちゃうと、自然にエンジンがかかってしまいます!
「Y'all haters corny with that illuminati mess(またへイターたちがダサいイルミナティ論とか語っちゃってるわけ?)」
「I'm so reckless when I rock my Givenchy dress(ジバンシィのドレスを着た私の戦闘力のヤバさ、分かってんの?)」
「I dream it, I work hard I grind 'til I own it(私は理想を夢見て、働き続けてきた、一生懸命だったのよ、理想の生活を手に入れるまで)」
「Drop him off at the mall, let him buy some J's, let him shop up(彼をモールに連れて行って、いくつもエア・ジョーダンを買わせてあげるの、店ごと買い占めるのよ)」
「Always stay gracious, best revenge is your paper(いつだって広い心でいるの、最大のリベンジは稼いだおカネの額よ)
そして、今作でキーになっている一つのフレーズ、それは「slay」。もともと「殺す」という意味のフレーズですが「死ぬほどキマっててカッコいい!ヤバい!」という意味のスラングです。ここ数年、やたら使われるようになりましたが、私の印象だと、とにかく女の子のルックスに対して使われる最大級の褒め言葉って感じです。女性が女性を「ヤバい!」って形容するときに多く使われるイメージ。なぜなら女性向けのゴシップサイトやファッションサイトでよく見かける表現だから。
ちなみにマイリー・サイラスによる使用例はコチラ。
Miley slayed it last night! #VMAs pic.twitter.com/6gjkXrgiOb
— Miley Cyrus (@ismileycyruz) 2015, 8月 31
(昨日のVMAのマイリー、超ヤバかったよね!)
ビヨンセは以下のように使っている他、本曲では「slay」を連発しています。
「When he fuck me good I take his ass to Red Lobster, cause I slay(彼が私を思いっきり満足させてくれた後は、レッド・ロブスターに連れて行くの、私って相当ヤバいから)
「I might get your song played on the radio station, cause I slay(あなたの曲、ラジオ局で掛けられるようにしてあげてもよろしくてよ、なぜなら私って相当ヤバいから)」
※アメリカのラジオ界では、かつて「ペイオラ」と言って、ラジオ曲やDJに賄賂を渡して曲をエアプレイしてもらうことが問題になっていました。
そんなわけで、ビヨンセの号令で世界中の女の子が隊列を組んで戦うぞ!というのが、本曲の魅力の一つなわけです。
このMVを撮影したのは、女性ディレクターのメリナ・マトソウカス。同じビヨンセのMVでは、ほかに”Pretty Huts"も彼女の手によるもの。このMVも、自分の美醜に捉われすぎて自己崩壊寸前の状態になるビヨンセが上手く描き出されていますよね。女性ならすごく共感できるんじゃないかしら。
余談ですが先述した「彼をモールに連れて行って…」のくだりに関連して、私、ビヨちゃんが愛する男に貢ぐ楽曲が大好きなんです。その真骨頂が、ビヨが夫・ジェイ Zのコスプレをして「あなたの時計も服も、アップグレードしてあげる♡」というコレ。リリックに「あんたのネクタイをパープルレーベルにしてあげるわ!」って箇所があるのですが、それに憧れて当時の彼氏にラルフ・ローレンのパープル・レーベルのアイテムをプレゼントしたことがあります(のちに配偶者となる)。
そして、本曲はもう一つ、アフリカン・アメリカンの人々らにとっても拠り所なる楽曲なんです。
まず、冒頭でシャウトされるのは「What happened at the NewOrleans? Bitch, I'm back by popular demand (ニューオーリンズで何が起こったのか知ってんのか?ビッチ、ご好評に応えて帰ってきてやったぜ)」というフレーズ。このフレーズ、メッシー・マイアという男性の声なんですね。このメッシーもニューオーリンズ出身。地元そしてソーシャル・メディアで人気のコメディアン&ラッパーでした。そのメッシーなんですが、2010年に彼女のベイビー・シャワー(安産を願うためのお祝い)から帰る途中に銃撃されて命を落としているんですね。まだ犯人は捕まっていないとか。そして、ニューオーリンズといえば、否応なく2005年にニューオーリンズを襲ったハリケーン・カトリーナによる大災害の事を思い出します。事実、MVの冒頭はは家屋を飲み込むような水の中、半分水没したパトカーに乗ったビヨンセが映し出されます。また、カトリーナといえば、被災した住民の多くがアフリカン・アメリカンやヒスパニックだったことから、地域や政権が抱える人種問題も浮き彫りにしました。カニエ・ウエストも当時、「George Bush doesn’t care about black people(ジョージ・ブッシュは黒人の事なんて気にしちゃいない)」と発言して話題になりましたよね。
なので、最初の「ニューオーリンズで何が起こったのか知ってんのか?」というメッシーのフレーズは、そのまま、カトリーナが襲ったこの町(アフリカン・アメリカン・コミュニティ)は、その後お前ら(白人主導の政権)が放ったらかしにしてるんだろ!」というメッセージとしても受け取れます。
…と言う、強烈なステイトメントでスタートするのが、この”Formation”なんです。その後に続くビヨンセのラインにも、アメリカ南部出身のアフリカン・アメリカンである自身のルーツを強調する箇所がチラホラ。
「My daddy Alabama, Momma Louisiana You mix that negro with that Creole make a Texas bamma(パパはアラバマ、ママはルイジアナ出身、そんなニグロをミックスして、クレオールを足したのがテキサス娘の私なの)」
→ルイジアナとクレオールの関係については調べてみてください。クレオール、いろんな意味がありますが、ここではフランス領だった時代のルイジアナに根付く文化や人種の事。ビヨンセ=Beyoncéという綴り、最後の「e」にアクセントが付きますよね。これはフランス語に由来するもので、彼女がクレオールの血筋だというアイデンティティの一つにもなると思います。ちなみに彼女のパパ、マシューは元マネージャーとして、下積み時代からビヨひいてはデスティニーズ・チャイルドを引っ張ってきた人物(今はみんなにシカトされてる)、ママのティナはスタイリストとしてビヨンセのキャリアを支えたことも有名です。ちなみにビヨンセの出身地、テキサス州ヒューストンはどんなところ?と思ったあなた。ビヨンセ”No Angel"のMVをご覧下さいまし!
「I like my baby hair, with baby hair and afros(私は自分の娘のヘアスタイルが大好き、アフロヘアなのよ)
→MVにも出てくる愛娘、ブルー・アイビーちゃん。ナチュラルなアフロ・ヘアですよね。
「I like my negro nose with Jackson Five nostrils(私は自分のニグロっぽい鼻が好きなの、ジャクソン・5の鼻腔よ)
→マイケル・ジャクソンじゃなくてジャクソン・5というところに意味がありそうです。ちなみにスーパーボウルのハーフタイムのショウの衣装、マイケルを模したものでしたね!
「I got a hot sauce in my bag, swag(私はバッグの中にホット・ソースを入れてるの、スワッグよ)」
→このライン、ネットで一番バズってるのでは?アメリカ南部、ニューオーリンズのあるルイジアナ州あたりはホット・ソース(そのまんまの意味、辛い調味料)がポピュラーなエリア。タバスコの本社もルイジアナにあるそう。ちなみにビヨンセがTIDALで発表した最新プレイリストの名前は「hot souce」だそう!
でもって、フックでシャウトされる「I like cornbreads and collard greens, bitch」というフレーズ。コーンブレッドとコラードグリーンもまた、ソウルフードの典型的な組み合わせです。
「I just might be a black Bill Gates in the making(私、このままだと黒人版ビル・ゲイツになっちゃうかも)
→ビヨンセ、ミシェル・オバマでもなくオプラ・ウィンフリーでもなく、ブラック・ビル・ゲイツを目指していたのですね!でも本当にブラック・ビル・ゲイツになりたいのは夫のジェイなんじゃないかと睨んでいますが…。リル・ウェインもビル・ゲイツになりたがっていることは有名ですね(そういえばウェインもニューオーリンズ出身の人気者)。
また、MVからもたくさんのメッセージを読みとることができます。
教会で歌う人々、マルディグラのパレード、クレオール風のドレス、「The Truth」と書かれた新聞の一面にはキング牧師と「More Than A Dreamer(夢以上のものを成し遂げた)」の文字などなど…。そして、極め付けは機動隊の前で踊る小さな少年でしょう。黒いフードを被った少年。フードといえば、トレイヴォン・マーティンが銃撃された事件を想起させます。そのあと、少年が機動隊の行き手を阻むように両手を広げると、降参のポーズのように両腕を上げる機動隊。これは、ファーガソンでマイケル・ブラウンが銃に撃たれた際に行われたデモ運動<Hands up, don't shoot>を思い出させます。ファレル・ウィリアムズも2015年のグラミー賞のステージで、このジェスチャーを模したパフォーマンスを披露していましたよね。
MV中には殴るように壁に書かれた「Don’t Shooting Us(俺たちを撃つな)」のグラフィティ文字(ちなみにディスティニーズ・チャイルドの2ndアルバムのタイトルは『The Writing's on the Wall』…関係ないけど)。そして、冒頭のメッシー・マイアにも繋がるわけですね。
「Now let's get in formation(さあ、列を組んで)」と高らかに歌うビヨンセ、同胞たちを整列させ、まるで自分たちを抑圧する体制に立ち向かおうと鼓舞しているようです。
そして、この曲、決して明るくない、恵まれているとは言えない状況において「それでも生きていかなきゃ行けない」と歌う文脈は、やはりケンドリック・ラマー”Altright"も想起させます(ケンドリックは「We hate po-po, wanna kill us dead in the street fo sho(俺らは警察を憎んでる、あいつらは俺たちのことなんて路上で死ねばいいと思ってるのさ)」とラップしていましたよね)
これまでのビヨンセは人種問題に関して明言することがなく、その点を責められることもあったほどでした。むしろ、肌が明るいことも手伝ってか(歌詞の中にも「Yello-Bone」=肌のトーンが明るい黒人というフレーズが)、白人側にいるんじゃないの?と揶揄されることも。そんな彼女が、この楽曲とMVで自身のステイトメントをしっかりと明確にしたというわけですね。なんかビヨンセって、このままいくと現代版アリス・ウォーカーみたいにもなりそう。ニーナ・シモンの方が近い?いずれにせよ、これからのビヨンセはより一層世界を「SLAY」していくに違いなさそうです。
ちなみにこのMV、同じくニューオーリンズを舞台にしたドキュメンタリー映画『"That B.E.A.T."』のシーンを無断使用しているとのことで、別の意味でも騒動になっているみたいです。
続報などあれば、またしたためます。
では、またね。