HIPHOPうんちくん

おもに米HIPHOPの新譜やアーティストのうんちくなどについてつらつらと執筆するブログです。

映画「ムーンライト」と『DAMN.』、そしてコダック・ブラック

こんにちは。

話題沸騰中の映画『ムーンライト』ですが、先日、二度目の鑑賞を終えました。

二度目となるとやはり細かい点にも気が付くもので、フアンが下の歯にゴールドとダイヤのグリルをはめ、真っ白いNIKEエアフォースワンのハイカットをバチっとロックしている姿など、改めてかっこいいなと思った次第です。ちなみにブラックは上下の歯にプレーンのゴールドのグリルだったので、そこはフアンと違うんだ〜などと思いながら観ていました。映画本編の冒頭のシーン、フアンが自分の手下のハスラーと話すとき、手下の彼がフアンに対して「thanks for the opportunity」と言うんですよね。ドラッグを捌くことはいけないことだと思うけど、貧しい地区でサヴァイヴしていかねばならない彼らには、そうせねばならない、それぞれの理由がある。確かこのあと、彼とフアンの間で「母さん(の病状)は?」「良くなっている」みたいなやり取りもあったかと思うのですが、手下の彼は、フアンからの手助けがないと家族を養い、母を看病することは出来ないのかもしれない。なので、ドラッグを捌いて金を受け取ることは彼にとってまぎれもない「opportunity(好機、チャンス)」なんですよね。たとえそれが、社会的に許されないことだったとしても。学校でシャイロンをいじめるテレルという少年(ちょっとワカ・フロッカ・フレイム的ヴァイブスを感じてしまうのだが)が出てきますが、彼もシャイロンへ投げつける言葉の中で「お前、(フアンの女の)テレサの所にいくのかよ?」とフアンの影をチラ付かせます。不良気質のテレルは、もしかしたら地元の名ハスラーである(ことが推測される)フアンに憧れていたのかもしれないですね。なので、フアンがかわいがっていたシャイロンのことを余計にいじめてしまうのかも…など、勝手に想像してしまいました。

 そして、二度目の『ムーンライト』を鑑賞して、私は改めてフアンとシャイロンの関係性についても色々と考えてしまったんです。例えば、物語のキーともなる、フアンがシャイロンに泳ぎを教えるシーン。シャイロンにとって、初めて海で泳ぐという体験をした日です。二本の脚を使って陸で歩くのとは異なり、手足をかき回すようにして海の中を泳ぐのは、これまでの日常世界とはまったくことなる「スキル」が必要。これまで、シャイロンに泳ぎを教えてくれる人なんて誰もいなかったのかもしれない。新しい世界で生きる術を教えてくれた人、シャイロンの人生のガイド役となったのがフアンだったのでしょう。劇中、フアンが「ドアに背を向けて座るな」と説くシーンがありましたが、恐らくフアンは自身の命を落とすまでにたくさんの「ハスラーズ・ルール」をシャイロンに教えたのではと思います。ちなみにこの時、勝手に私の頭の中に流れたのはハスラーたるもの…と<ギャングスタな心構え>が説かれる2パックの“Ambitionz Az A Ridah”でした。

物語が進んでいき、大人になったシャイロン(ブラック)が車に乗せていたのは、フアンから譲り受けたと思われる、王冠のフィギュア。誰もが「俺はキングだ」と思いながらサヴァイヴしているのが、彼が住む世界なのだなあ、と感じたのです。

でもって、これらのことを「俺には王の血がDNAに組み込まれているのさ!」と歌うキング・ケンドリックことケンドリック・ラマーの世界観にも照らし合わせずにはいられませんでした。鑑賞直前まで彼の最新アルバム『DAMN.』の原稿を書いていたから、ということもあって余計にそんな風にトレースしてしまった。映画『ムーンライト』はジャマイカ・キングストン出身のベーシストでもある、ボリス・ガーディナーの楽曲“Every N***** Is A Star」で幕を開けます。

ヒップホップ・ファンならハッとするかもしれませんが、この幕開け、ケンドリック・ラマーの3作目『To Pimp A Butterfly』とまったく同じなんです。しかも、監督のバリー・ジェンキンス氏はケンドリックの『TPAB』で初めてこの曲の存在を知ったそう(ちなみにボリス・ガーディナーも当時、ジャマイカで作られたブラックスプロイテーション映画のためにこの楽曲を制作したんですって)。

『ムーンライト』では<リトル、シャイロン、ブラック>と、1人の「シャイロン」のストーリーが3部に分かれて展開されますが、『DAMN.』に収録されている”FEAR.“という曲において、ケンドリックも7歳、17歳、27歳の頃の自分のストーリーを3つのヴァースに落とし込んでラップしてるんです。<とことん自分の内面と向き合いながら、変化や困難を受容していく>というテーマにおいても、双方の作品の共通性を感じてしまいました(やや強引かもしれないけど、マジでずっと『DAMN.』のことを考えながら観てたので笑!)。

また、『ムーンライト』の舞台となっているフロリダのリバティシティですが、同じフロリダのプロジェクト出身の若きラッパーがいます。最初に『ムーンライト』を見てから、彼のことも頭からずっと離れずにいました。彼、コダック・ブラックという名前なのですが、リバティシティのプロジェクト(低所得者用住居、またはそうした住居が並ぶエリア)からもほど近い、フロリダ州のポンパノ・ビーチというところの出身で、両親はハイチからの移民だとか。

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現在、まだ19歳なのですが17歳頃から彼のリリースするミックステープが高く評価され、ドレイクやフレンチ・モンタナにもフックアップされるなど、サウス・エリアの若きホープとしてヒップホップ・リスナーからの注目を多く集めていました。

ただ彼、かなりの悪ガキで、幾度となく逮捕〜少年院送り〜裁判〜釈放を繰り返しています。今現在も、暴行容疑で係争中だったり。そんなコダック、つい最近、デビュー・アルバム『Painting Pictures』を発表したばかり。テキサス・ラップの重鎮、バン・Bからアトランタのスター、ジーズィーやフューチャー、ア・フーティー・ウィッダ・ブギーらが参加しており、共演メンツはめちゃくちゃ豪華。そんなコダックなのですが、アルバムの発売と同時にショート・ドキュメンタリー動画『Project Baby』も発表したんですね。このタイトルは、彼がキャリア初期に発表したミックステープに由来します。全編、Youtube上で無料で観れますので是非。

で、その『Project Baby』に出てくるコダックのフッド(地元)の様子が、『ムーンライト』でシャイロンが育ったプロジェクトにそっくりなんですよ。痩せた芝生に覆われた低層階の家や、フェンスで囲まれたエリアなどなど。偶然ですが、コダックも「ブラック」というニックネームで呼ばれていたそうです。映像の中では、コダックの兄や友人たちまでもがフッドを案内してくれますが、自分が生まれ育った地元であっても、常に油断はできない緊迫した空気が漂い、生々しく我々の目に映ります。動画内では「もしも俺が私立の学校に行ってれば、ゴタゴタに巻き込まれずに済んだと思う。でも、そんな学校に行っていたら、今の俺は存在しないもんな。学校に行ってもさ、みんなフレッシュにキマってるのに、俺だけフレッシュじゃない。俺が学校に行くのは、一発カマして新しい服をゲットした日だけだった。俺の人生は、血と汗、涙(blood, sweat and tears)…そして復讐(revenge)なんだ」と語るコダック。わずか19歳にして人生は復讐だと定義づけるとは…。また、彼は自身のラップを「映画みたいだ」と説明します。自分がリアルに体験していることを楽曲にする。それを聴いたリスナーは、まるで自分が同じことを追体験しているかのように感じる、と。「俺はラップはしない。リアルなことをイラストレイトしているのさ」と語ります。動画の中で最も印象的だったのは、父親のことを語るコダックの姿です。

「写真の中に親父は居ない。もし親父が俺のそばにいたら、俺はこうなっていなかったはず。一度、自分が捕まった時に、めっちゃ親父に会いたいと思った。もしも親父が死んでも泣かないと思う。もし親父が近い存在だったら泣いたと思うけど…例えば、一緒に楽しいことをしたりとかさ。でも、俺は釣りの仕方すら知らないんだ」

シャイロンも、父親の姿を知らずに育ちます。彼にとっては初めてのファーザー・フィギュア(父親の代わりとなるような年長の人)がフアンだったのだと思います。フアンに泳ぎ方を教えて貰ったシャイロンですが、コダックも先輩たちとツルみはじめてラップすることを覚えたと語っていました。彼にとって新しい世界に通じる「スキル」が、まさにラップなのだろうと思います。今後、コダックは一緒に釣りが出来るようなファーザー・フィギュアを見つけることが出来るのでしょうか。そもそも、コダック自身そろそろ父親になるそうで、ひょっとしたら自分の子供に釣りを教える方が先かもしれません。

ちなみに『ムーンライト』のバリー・ジェンキンス監督はサウスのヒップホップ、そしてなかでもチョップド&スクリュー系のモノが大好きだったそうで、映画の中でもグッディ・モブ"Cell Therapy"や、何よりチョップド&スクリュードされたジデーナ"Classic Man"が印象的に使われています監督&音楽ネタで面白かったインタヴュー記事はPitchforkのコチラ。

そして、翻訳家の押野素子さんに教えていただいた『ムーンライト』の音楽を担当したニコラス・ブリテルのインタヴュー・ポッドキャストも、とっても面白かった!どのようにしてあの印象的なメロディが創られていったか、そして、主となるメロディのキーを変えるなど、どのようにして三つのチャプターに併せて楽曲の印象を変えていったかなどをブレイクダウンしており、とても興味深いです。もちろんチョップド&スクリュードについても!

Nicholas Britell - Moonlight — Song Exploder — Overcast

最後にこんなことを書くのもアレですが、『ムーンライト』の字幕で<ジョージアアトランタ州の>と表記されていた箇所がありましたよね。正しくは<ジョージア州アトランタ>なんだけど、ここはあえてアトランタ州の、という表記にしたのかな?んん?アトランタ好きとしてはやはり引っかかってしまいましたね…。

では、また〜。