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HIPHOPうんちくん

おもに米HIPHOPの新譜やアーティストのうんちくなどについてつらつらと執筆するブログです。

シカゴ出身の女性MC、ノーネームに思うこと。

2016年は、初めての女性東京都知事が誕生したり、ヒラリー・クリントンも米大統領候補として健闘したり、ビヨンセとソランジュ姉妹の主張溢れるアルバム2作が全米首位を獲得したりと、やはり女性の活躍が目立った一年だったのではないでしょうか。VH1のHIPHOP HONORSも女性MCを讃えるモノだったしね。

その中で、とりわけ印象的だった女性アーティストの作品を紹介したく思います。

彼女の名はシカゴ出身のノーネーム(Noname)。同郷であるチャンス・ザ・ラッパー周辺で活動していた彼女ですが(雑な説明ですみません!)、2016年、サウンドクラウド上でEP『Telefone』を発表しました。

柔軟なフロウと歌声のナチュラルなコントラストがとても耳障りがよくて、特にコーラスワークには、繊細でオーガニックな美しさが滲み出ているよう。とはいえ、個人的に彼女の魅力の真髄はそれ以外の点にあると思っています。それは、女性(もっと言うなら、アメリカに生きる黒人女性)ならではの視点からラップしているのがとてつもなくユニークで素晴らしい点。彼女は昔から詩を書いていたそうで、歌詞は「リリック」というよりも「現代詩」と言った趣。思いがけない単語を組み合わせてドキっとする描写をするんです。あと「リリックの意味がよく分からない」と言われることも多いみたいで、ノーネーム自身、インタヴューでは「私の詩は好きに解釈してくれて構わない」と答えています。『Telefone』の中でも評価が高いのが「Casket Pretty」という曲で、「casket」は「棺」という意味。この場合、若者たち、幼い子どもたちが棺の中に入らねばならない=命を落とす、という事実が語られているんですね。

Roses in the road, teddy bear outside

Bullet there on the right

Where's love when you need it

(路上の薔薇、外に置かれたテディベア

あそこの弾丸 

必要なとき、愛はどこにあるの)

(この歌詞の前には、男性が警察に殺される描写が)

薔薇の花は追悼のためのもの。テディベアも同じく、ですよね。しかもテディベアのぬいぐるみを供えるくらいだったから、もしかして命を落としたのはまだ小さい男の子だったのかな。それとも、大人の男性が撃たれて彼の子どもや親戚の子がせめてもの思いで供えたテディベアだったのかもしれない…と、この数行でいろんな光景を想像してすごく切ない気持ちになってしまいます。そして、私が涙を流さずにいられないのが「Bye Bye Baby」という曲。この曲、ノーネームはFADERのインタヴューでこんな説明をしています。

「堕胎を経験した子たちのために、ラヴソングを作りたくて書いた曲。人々が堕胎について話すときって、大抵、そこに愛情はないって感じで話すじゃない。(堕胎に関しては)憎しみや鬱って感情しか見当たらない。私は、堕胎を経験した女性を知ってるわ。でも、そんな女性たちに向けた歌って存在しないのよ。もしくは堕胎を経験した瞬間のカタルシスを表した曲や、そんな女の子達を音楽で癒す音している曲が。この曲は、私にとっても、いち女性としてとても重要な曲。あと、そうした女性を気にかけているリスナーにとっても重要な曲だと思うわ」(著者抄訳)

少し話が逸れますが、2016年に公開された映画に「Barbershop3 :The Next Cut」というブラック・ムーヴィーがあります。アイス・キューブ主演の人気シリーズだから、知ってる方も多いのではないかしら。

この物語、シカゴの中でも犯罪都市として悪名高いサウスサイドと呼ばれるエリアを舞台にしているんです。で、シリーズ三作目となる本作でも、キューブ演じるカルヴィンの息子がギャングのメンバーに加入するのでは?という懸念から端を発して、広がる少年犯罪をどうやって防ぐべきか?ローカル・コミュニティとして何か出来ることは?と奮闘・葛藤する様子がストーリーの軸として描かれます。つい先日、カニエ・ウエストとドナルド・トランプが面会したことが話題になりましたが、カニエ自身、ツイッターで「シカゴの現状をどうにかして欲しくてトランプに会った」と呟いていましたよね。

例えば、チーフ・キーフやリル・ダークといった、現代のシカゴ・サウスサイドをレペゼンする若手MCたちは、ローカルのギャング団に入っていることを誇りにし、そのハードな暮らしをラッパーとしてのアイデンティティにしているわけです。言ってみれば、彼らがラップする過激な歌詞というものは(誇張はあるのかもしれないけど)実際にシカゴが直面している社会問題と直結するもの。しかし、私たちはそれをエンターテイメントのコンテンツとして享受している…と、「Barbershop3」を観ながらそうしたアンビバレントな事実を改めて考えてしまいました(この問題については、常にしばしば考えてしまいます)。ただ、このあたりのことはシカゴきってのリリシストかつ活動家であるコモンがアルバム『Nobody's Smiling』でしっかりと問題提議しています。

ちなみに最近、CNNが報じたニュースによると、シカゴの犯罪発生件数は過去19年で最大となったそうで、そのうち、銃撃事件が1年間で3,550件だとか…1日に約10件のペースです…。

そんなことを思いながらノーネームの作品を聴くと、終わりのない問題がぐるぐると頭をよぎってしまいます。柔らかい語り口の奥に、彼女が育ったバックグラウンドや、ここ東京では計り知れないほどのタフな状況があるのかと…。先ほどの「Bye Bye Baby」一つとっても、東京とシカゴの堕胎率、そして堕胎に至る経緯に関しては大きな違いがあるのかもしれないですよね。

シカゴ出身の女性MCといえば、バディ・ガイの娘でもあるショウナがいましたけど、このノーネームがこの先どんなストーリーを語ってくれるのか非常に楽しみでもあります。そして、チャンス・ザ・ラッパーや彼女のような新しいアーティストのパワーによって、地域のコミュニティが若者によってより健全な場所となりますように、とも願わずにいられません。

ノーネームのEP『Telefone』の全曲分のリリック&解説はこちら。

 それでは〜。