さらに『TLOP』の内容に関して触れていきたい。今回、もっとも本アルバムに影響を与えたアーティストが「Ultra Light Beam」などに参加しているチャンス・ザ・ラッパーだろう。チャンスはカニエと同じシカゴ出身である若きミュージシャンだが、彼もまた、今年『Coloring Book』という見事な出来栄えのアルバムをApple Music限定で発表したばかり。こちらの作品にも『TLOP』と重なりあうような雰囲気が見え隠れし、もともとチャンスが『Coloring〜』用に温めていたアイデアをカニエとシェアする様な形で作られたのでは?と邪推してしまうほどだ。そして、本作をきっかけに大ブレイクを果たしたのが「Father Stretch My Hands Pt. 2」、「Freestyle4」にフィーチャーされている、ブルックリン出身の新鋭MC、デザイナー(Desiigner)だ。「Father〜」ではデザイナーの「Panda」というシングルの一節をそのまま使用しているが、その「Panda」 は『TLOP』以降にシングルとして正規発売され、みるみるうちにビルボードの総合チャート首位を奪取するまでのヒットに。ほぼ同時に、カニエ・ウエストが創設し、プッシャ・Tが社長を務めるレーベル、G.O.O.D MUSICとも契約を交わし、デザイナーは早くもスターラッパーの仲間入りを果たしたのだった。
他、「High Lights」で参加したヤング・サグは、アトランタの現行シーンを代表する若手ラッパー。多作家としても知られる一方、アルバム『Jeffery』のジャケットや、彼が起用されたカルヴァン・クラインのモデル写真ではユニセックスなファッションを取り入れるなど、そのチャレンジングな姿勢も、支持を集めている理由のひとつだろう。「Wolves」に参加したのはシカゴに生まれ、前述したチャンス・ザ・ラッパーと共に<SAVE MONEY CREW>の一員としても活動していたヴィック・メンサ。のちのインタヴューで「Wolves」はヴィックとカニエが初めて出会った日にレコーディングしたと語っている。同じ「Wolves」には自身のヒット「Chandelier」のほか、ビヨンセやリアーナらへの楽曲提供でも知られる引っ張りだこのシンガーソングライター、シーアが参加。なお、本曲は当初、ヴィックとシーアが参加したヴァージョンが発表されていたのものの、アルバムにはその二人のパートは除外され、代わりにフランク・オーシャンをフィーチャーしたヴァージョンが収録された。しかし、ファンの抗議も受けてか、再度、ヴィック&シーアとのオリジナル・ヴァージョンを収録、フランクのヴァースはのちに「Frank's Track」を名を改めて『TLOP』に収録された。このフランクも、今年は『blond』という傑作アルバムを発表。しかも、Apple Musicによる独占的な無料ストリーミンング形式としてリリースされて話題を呼んだことも記憶に新しい(ちなみにフランクのアルバムも直前になってそのタイトルが変更された)。「Fade」には、現在、西海岸の地から全米のストリート・ヒットを作り出すシンガー&プロデューサーのタイ・ダラー・サイン(今年はフィフス・ハーモニーとの「Work From Home」がトリプル・ミリオンを記録するヒットに)、そして、テキサス州ダラス出身で、「White Iverson」のヒットで瞬くまでにメジャー・ディールを獲得したMC、ポスト・マローンも参加。そして、追加収録された「Saint Pablo」にはUK出身のサンファが登場。インディ・シーンを中心に脚光を浴び、これまでにもSBTRKTやドレイク、ビヨンセら、FKAトゥウィグスらの作品に関わってきたサンファだが、『TLOP』以後もフランク・オーシャンやソランジュのアルバムにも携わり、その存在感は増すばかりだ。
加えて、リアーナやケンドリック・ラマー、ザ・ウィーケンドにクリス・ブラウンといったスター・アーティストたちも『TLOP』に集結。そして「Father Stretch My Hands Pt. 1」でフックを歌っているのは、『808〜』以降、カニエに多くのイスピレーションを与えてきたキッド・カディだ。ただ、カディは2016年9月にカニエやドレイクに向けて「ヒット曲を作るのに30人体制で曲を作っているフェイクな奴ら。俺のことなんて気にしちゃいないんだろ」といった趣旨のツイートをし、炎上騒ぎに。その後、カディは鬱や自殺願望に苛まれる病にかかり、現在は治療中の身だと報じられた。ドレイクはこの発言に対して好戦的に返しており、カニエも当初、ライブの場で「お前に生を授けたのはこの俺だ!」とカディを諌めていた。しかし、その後は「カディのことを想って歌ってくれ」と、前置きして「Father〜」のフックをライヴの観客に合唱させるなど、カディを気遣う態度を取っていることも付け加えたい。
前作『Yeezus』世界の新鋭サウンド・クリエイターを集結させていたカニエだったが、サウンド面に関しては、今回はヒップホップそのもへの原点回帰とも言えるような、熟練ビート職人たちの参加も目立つ。長年カニエのツアーにも参加し、彼のサウンド・メイキングを担ってきたマイク・ディーンや、重鎮であるリック・ルービンを筆頭に、モブ・ディープのハヴォックやマッドリブらも参加。加えて、サウスサイドやメトロ・ブーミンらサウスの気鋭ビートメイカーや、バルセロナ出身のシンジン・ホーク、ノルウェー出身のカシミア・キャットらクラブ・ミュージック界の新騎手たち、ハドソン・モホークやボーイ・ワンダら、これまでのカニエ・サウンドに新たなスパイスを加え続けてきたトラックメイカーも一挙に名を連ねている。プロダクションに関して、ハヴォックが手掛けた「Famous」は90年代のヒッホップらしい太いドラムのビートが鳴り響くが、「Father Stretch My Hands Pt. 1、Pt.2」では最新のトラップ調の仕上がりであり、「Wolves」では深淵なビート感が強く印象に残る。「Fade」ではシカゴ・ハウス史にも残るユニット、フィンガーズ・ インクの「Mystery of Love」など、ハウス・クラシックをサンプリングし、大胆なサウンドスケープを体現している。
タイトルになった『The Life Of Pablo』の「パブロ」とは、キリスト教における使徒パウロを指す、とカニエは語る。本作の一曲目に収録された「Ultra Light Beam」は4歳の女の子、ナタリー・グリーンちゃんによる神への祈りのシャウトで幕をあけるし、「Low Lights」ではキングス・オブ・トゥモローの「So Alive」から女性ヴォーカルのアカペラを抜き出し、神への賛辞を大々的にフィーチャーしている。デビュー・アルバム『Colalge Dropout』に収録されたヒット・シングル「Jesus Walks」では「ヤツらは銃やセックスについてラップしろと言う。神のことなんか歌った暁には、俺の曲はラジオで掛からねえだろうな」と毒づいたカニエだったが、本作で語られている多くのトピックは<神>だ。
こんにちは。突然ですが、お蔵入りになっていたカニエ・ウエスト『The Life Of Pablo』のライナーノーツの原稿を本ブログにて公開したく思います。本稿を執筆した詳しい経緯は省きますが、せっかく書いたものなので、どなたかに読んでほしいな〜と思った次第。レーベルの方による校正などもしておりませんので、記述に誤りなどあったらゴメンなさい。あと、約1万字のボリュームですのでめちゃくちゃ長いです。前後編に分けました。後半はコチラ。そして、もとのテキストの間にYoutubeなどのリンクを埋め込んだら逆に読みづらくなったような気も…。すみません。
これまでに6作のオリジナル・アルバムを発表し、同時にゴシップや不可解な行動で世間を騒がせてきたカニエ・ウエスト。彼が7作目のアルバムとして発表したこの『The Life Of Pablo』は、彼のこれまでのキャリアにおいてどの作品とも似ていない、また、現時点におけるどんな音楽アルバム作品とも似ていない、奇妙奇天烈な音楽作品だ。複雑だけれどもシンプルで、幾つもの面によって彩られた万華鏡のようでもあり、かと思えば高い壁に阻まれた巨大迷路のようでもある。何とも稀有なアルバム作品である。
それとは反対に、続く『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』は、『808s〜』で心情的にどん底まで沈んだ経験をバネにするかのような豪奢な作品だ。リード曲「Runaway」のショートフィルムや、ジョージ・コンドのドローイングをフィーチャーした赤いジャケットにも象徴的なように、自身のアルバムをより<アートフォーム>として昇華させた一枚でもある。
高級ブランド、ジバンシィのクリエイティヴ・ディレクターであるリカルド・ティッシが手がけたジャケットも話題になり、「Niggas Is Paris」のリリックに見られるように、カニエのゴージャスでマテリアリスティックな欲求も、ここでピーク・ポイントを迎えたかのように見えた。
2013年には、7作目となるオリジナル・アルバム『Yeezus』を発表。サウンド・プロダクションにはハドソン・モホークやアルカ、ダフト・パンクやゲサフェルシュタイン、ブロディンスキーらも参加し、「I am the GOD(俺は神だ)」と主張しながら、従来のヒップホップ・サウンドとは一線を画すような攻撃的なトラックを揃えた。
2016年に入り、アルバム発売への針は大きく進む。元旦にはドレイクとフューチャによる楽曲「Jumpman」に触発されたと思しき「FACTS」をサウンドクラウド上で発表。ここでは兼ねてのビジネス・パートナーであるNIKEの事を痛烈にディスり、非常に感情的な一曲で2016年が幕を開けた。1月9日には、妻、キム・カーダシアンがツイッターで新曲「Real Friends」を発表。続いて同日、カニエがツイッター上で「Swish February 11 16」と、アルバム発売日と思われる日程を発表し、1月18日にはケンドリック・ラマーとの新曲「No More Parties in LA」をリリース。1月25日はツイッター上でノートパッドに書かれた手書きのトラックリスト計10曲分を公開。
2月2日、カニエは自身のブランド「Yeezy Season 3」のコレクション発表、並びに『WAVES』の発表会を2月11日にニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン(MSG)で行うとアナウンス。更には、その模様が世界中の映画館でライブ中継を行うことも決定(のちにストリーミング・サーヴィスのTIDALで中継されることも決まり、MSGのチケットは10分でソールドアウトに)した。2月10日、さらにツイッターで再度アルバム・タイトルを変更したと発表。最終的に『The Life of Pablo』がタイトルになる、と伝えた。翌日にはベルギー出身で、ラフ・シモンズとのコラボ作でも知られるアーティスト、ピーター・デ・ポッターのデザインによるジャケット写真も公開し、2月11日のお披露目会に向けて着実に情報を開示してきたカニエであった。2月11日、無事にMSGでコレクションの発表がなされ、同時に『TLOP』もそのBGMとして会場でお披露目をされた(ちなみに、コレクションのモデルにはヤング・サグやリル・ヨッティー、イアン・コナーといった若手MCらもモデルとして起用されていた)。しかしその後、さらに『TLOP』に変化が起きる。MSGでのコレクションの後すぐに、カニエは再びスタジオに入り「30Hours」をレコーディング。同時にツイッターで「とうとうアルバムが完成した」と宣言し、最終的なトラックリストを公開した。なお、そのタイミングで「マスタリングが終わったから、今日にでもアルバムを発表する」とツイートしたカニエだったが「チャンス(ザ・ラッパー)のせいでアルバムが出せない。あいつは「Waves」を収録したがっている。今、一緒にスタジオにいる」と、チャンスとともに再度、アルバムに手を加えている様子を実況中継。そして、2月14日にはTV番組「Sturday Night Live」にて豪華ゲストらとともに生ライヴを敢行。その直後、ようやくストリーミング・サーヴィスのTIDAL限定でやっと『TLOP』が世界中に配信された。ファンはどれだけカニエに振り回されたことか!
二度目となるとやはり細かい点にも気が付くもので、フアンが下の歯にゴールドとダイヤのグリルをはめ、真っ白いNIKEのエアフォースワンのハイカットをバチっとロックしている姿など、改めてかっこいいなと思った次第です。ちなみにブラックは上下の歯にプレーンのゴールドのグリルだったので、そこはフアンと違うんだ〜などと思いながら観ていました。映画本編の冒頭のシーン、フアンが自分の手下のハスラーと話すとき、手下の彼がフアンに対して「thanks for the opportunity」と言うんですよね。ドラッグを捌くことはいけないことだと思うけど、貧しい地区でサヴァイヴしていかねばならない彼らには、そうせねばならない、それぞれの理由がある。確かこのあと、彼とフアンの間で「母さん(の病状)は?」「良くなっている」みたいなやり取りもあったかと思うのですが、手下の彼は、フアンからの手助けがないと家族を養い、母を看病することは出来ないのかもしれない。なので、ドラッグを捌いて金を受け取ることは彼にとってまぎれもない「opportunity(好機、チャンス)」なんですよね。たとえそれが、社会的に許されないことだったとしても。学校でシャイロンをいじめるテレルという少年(ちょっとワカ・フロッカ・フレイム的ヴァイブスを感じてしまうのだが)が出てきますが、彼もシャイロンへ投げつける言葉の中で「お前、(フアンの女の)テレサの所にいくのかよ?」とフアンの影をチラ付かせます。不良気質のテレルは、もしかしたら地元の名ハスラーである(ことが推測される)フアンに憧れていたのかもしれないですね。なので、フアンがかわいがっていたシャイロンのことを余計にいじめてしまうのかも…など、勝手に想像してしまいました。
そして、二度目の『ムーンライト』を鑑賞して、私は改めてフアンとシャイロンの関係性についても色々と考えてしまったんです。例えば、物語のキーともなる、フアンがシャイロンに泳ぎを教えるシーン。シャイロンにとって、初めて海で泳ぐという体験をした日です。二本の脚を使って陸で歩くのとは異なり、手足をかき回すようにして海の中を泳ぐのは、これまでの日常世界とはまったくことなる「スキル」が必要。これまで、シャイロンに泳ぎを教えてくれる人なんて誰もいなかったのかもしれない。新しい世界で生きる術を教えてくれた人、シャイロンの人生のガイド役となったのがフアンだったのでしょう。劇中、フアンが「ドアに背を向けて座るな」と説くシーンがありましたが、恐らくフアンは自身の命を落とすまでにたくさんの「ハスラーズ・ルール」をシャイロンに教えたのではと思います。ちなみにこの時、勝手に私の頭の中に流れたのはハスラーたるもの…と<ギャングスタな心構え>が説かれる2パックの“Ambitionz Az A Ridah”でした。
でもって、これらのことを「俺には王の血がDNAに組み込まれているのさ!」と歌うキング・ケンドリックことケンドリック・ラマーの世界観にも照らし合わせずにはいられませんでした。鑑賞直前まで彼の最新アルバム『DAMN.』の原稿を書いていたから、ということもあって余計にそんな風にトレースしてしまった。映画『ムーンライト』はジャマイカ・キングストン出身のベーシストでもある、ボリス・ガーディナーの楽曲“Every N***** Is A Star」で幕を開けます。
ヒップホップ・ファンならハッとするかもしれませんが、この幕開け、ケンドリック・ラマーの3作目『To Pimp A Butterfly』とまったく同じなんです。しかも、監督のバリー・ジェンキンス氏はケンドリックの『TPAB』で初めてこの曲の存在を知ったそう(ちなみにボリス・ガーディナーも当時、ジャマイカで作られたブラックスプロイテーション映画のためにこの楽曲を制作したんですって)。
で、その『Project Baby』に出てくるコダックのフッド(地元)の様子が、『ムーンライト』でシャイロンが育ったプロジェクトにそっくりなんですよ。痩せた芝生に覆われた低層階の家や、フェンスで囲まれたエリアなどなど。偶然ですが、コダックも「ブラック」というニックネームで呼ばれていたそうです。映像の中では、コダックの兄や友人たちまでもがフッドを案内してくれますが、自分が生まれ育った地元であっても、常に油断はできない緊迫した空気が漂い、生々しく我々の目に映ります。動画内では「もしも俺が私立の学校に行ってれば、ゴタゴタに巻き込まれずに済んだと思う。でも、そんな学校に行っていたら、今の俺は存在しないもんな。学校に行ってもさ、みんなフレッシュにキマってるのに、俺だけフレッシュじゃない。俺が学校に行くのは、一発カマして新しい服をゲットした日だけだった。俺の人生は、血と汗、涙(blood, sweat and tears)…そして復讐(revenge)なんだ」と語るコダック。わずか19歳にして人生は復讐だと定義づけるとは…。また、彼は自身のラップを「映画みたいだ」と説明します。自分がリアルに体験していることを楽曲にする。それを聴いたリスナーは、まるで自分が同じことを追体験しているかのように感じる、と。「俺はラップはしない。リアルなことをイラストレイトしているのさ」と語ります。動画の中で最も印象的だったのは、父親のことを語るコダックの姿です。